今も脈うつ心臓を憎む。あの時、姉上達と共に俺も一緒に連れていってくれれば・・・こんなにも苦しむ事も、憎むこともなかった。

あれからいつも思っていた。俺の生を怨む醜い心臓をえぐり出しお前に捧げてやりたいと・・・まだ小さなお前はどんな反応しただろうな?

それか、お前の生きようとする純真な心臓を掻き出してあいつの足元に投げ捨ててやりたいと。あいつの絶望と後悔に満ちた顔を想像するのが俺の生きる糧になるから。

ホドを滅ぼしたやつの下で働くようになって一年が過ぎようとしている。

一年という長い期間がたっても俺の中の復讐の炎は堪える事なく燃え続け、日に日に増大していく。

あいつを見るたび、あいつに頭を下げるたび・・・

いつかくる成就の日のため、働くようになってからも一日と剣の稽古は欠かしたことがない。

今日も空いた時間を見つけ剣を片手に庭にでた。空は何処までも青く、光で満ちている。

この全てを包む壮大な空の下、どす黒い心しか持たない俺の居場所はないように思えてくるほどだ。


「ガイ?」


ふと呼ばれて振り返ると、赤い髪をなびかせて憎むべきやつの小さな子供・・・ルークが駆け寄って来た。

本当なら蹴飛ばしてやりたいところだが・・・ルークは俺の腕にしがみつき頭を擦り寄せ甘えてくる。

俺は上辺の笑みを浮かべルークを抱き上げ小さな胸に耳をあてた。

小さな心臓はトク・・・トク・・・とリズムよく生きてる証を刻む。
この鼓動を今すぐにでも止められれば・・・

この悲痛な表情は、憎悪の気持ちは・・・誰にも気付かれてはいけない、誰にも暴かれてはいけない。

あの時からずっとそうやって生きて来た。

俺は・・・一人だ。

 

「ガイ?」

 

不思議そうなルークの声。

ルークの胸から離れいつもの「優しいお兄さん」に戻った。

ルークを下ろし、同じ目線になるようにしゃがみ赤い髪の毛をくしゃりと掴む。

さらりとした触り心地のいい子供の髪。

ルークは下ろされたことに不満なのか少し不機嫌そうな顔をしている。

 

「ルーク、俺は今から剣の稽古するから部屋に戻ろうか?」

「俺も剣のけいこする!」

「ルークにはまだ早いだろ」

「するったら、するー!!」

 

ルークは俺のズボンを掴み絶対動かない、といった感じだ。

・・・全く、なんてわがまま坊ちゃんなんだ。

お前に付き合ってたらまともに稽古できないだろ。

どうやってルークを部屋に戻そうと考えていると、屋敷のドアが開き、そこからヴァン・グランツが現れた。

 

「ルーク、稽古なら私がつけてやろう」

「あ!ヴァン先生ー!」

 

ぱあっと表情が明るくなったルークは俺のスボンをアッサリと離しヴァンの元へ駆けていく。

嬉しそうにヴァンに駆け寄るルークに調子のいいと呆れると同時に、心のどこかで、引き止めたい、とも思って・・・困惑した。

邪魔なのがいなくなって、真剣に稽古できるはずなのに・・・

一人剣を構えたまま残された俺は、ヴァンに抱き上げられ笑うルークを見て何故かイライラが増す。

ルークが俺から離れていくのが気に食わないのか?

誰かが俺以上になるのが嫌なのか?

俺以外がルークに触れるのが耐えられないのか?

・・・そんなばかな!ルークは心底憎いやつの血が流れている子供だ。

俺にとっては愛情や、擁護の感情なんてものはなく、ただの復讐の道具に過ぎない。

信頼している人からの裏切りほど絶望的なことはない・・・だから仲良くしてやってるんだ。

一年間頭を下げた結果、あいつはまだ完全とはいかないが、ルークは絶対的に俺を信頼してきた。無邪気に俺に抱き着き、笑い、じゃれてくる。ルークがそういう態度をとるのは俺か、ヴァンくらいだろう。

・・・始めは、俺だけだったのに。

俺だけがルークの世界の中に一人だったのに。
スラリと光る剣に無意識に殺気が込められた。

 

「ガイ〜!」

 

ルークの声にはっとし正気に戻った。

未だヴァンに抱き抱えられたままのルークが手を降っている。

俺も軽く手を振って答えたが、頭の中は混乱状態だった。

俺は何を考えてたんだ。

これじゃあ・・・まるで・・・

その先を考えないようにし、俺は剣を鞘に戻しルークとヴァンのほうへ向かった。

 

「ガイけいこ、しないのか?」

「ああ、なんか調子悪くてな。悪いが今日はもう部屋に戻らせてもらうよ」

「承知した。公爵には私から言っておこう」

「頼む」

 

ヴァンのことだ、あの殺気に気付いていない訳無いだろう。

だが、何も言わない。

それだけで混沌とした気が少し楽になった。

じゃあな、と俺は二人に背を向けた。

後ろからルークに心配そうに小さな声で呼ばれたが聞こえないふりをして屋敷の扉を開いた。

真っ直ぐ部屋に戻ると勢いよくベッドに倒れ込み目を閉じる。

ヴァンに抱き抱えられたルークの姿が頭から離れない。

なぜ・・・?

あの時俺は憎むべきルークじゃなく、ヴァンに剣を向けようとした。

ヴァンからルークを奪おうとした。
ヴァンは復讐を誓った同志なのに。

どうしたってんだ、俺は。この気持ちを無くすために・・・早く消さなければいけないか・・・そこで俺の意識は暗い眠りの底に引きずりこまれた。

次に気付いたときには窓の外は暗く、電灯で幻想的な雰囲気に染まっていた。

時計を見れば夜の8時すぎ。

俺は上半身を起こし、ベッドに腰掛ける形で大きく背伸びした。

ふぅと息をつくと腹からグゥ〜気の抜ける音が静かな部屋に引きずり落とす響いた。

そういえば昼間から何も食ってなかったからな・・・もう夕食は終わっているだろう。

 

「食いそびれちまったな・・・」

 

今から行っても何もないだろう、そう思って俺は再びベッドに横になった。

 

「起きてても腹減るだけだし・・・今日はもう寝るか」

 

こんなにゆっくり出来るのは久しぶりだし。

いつもこの時間はルークに付き合い、風呂やら、暇つぶしやらでやっと自由な時間が持てるのは11過ぎくらいだからな。

寝るにはまだ大分早い時間だが、やることもなくベッドで横になっていればれば誰だって眠たくなる。

うとうとと眠りと現実の境を行き来していると、静かな部屋に控えめのノックがなった。

現実に引き戻らせた俺ははぁい、と緩い返事をして客がドアを開けるのを待った。

が、いつになってもドアが動く様子がなく俺はもう一度どうぞ、と促した。

今度はゆっくりとドアが開きその向こうにいたのはパジャマをきて、もうすっかり寝る準備万端のルークの姿だった。

ルークはドアを開けても中には入ってこず、じっと下を向いて動かない。

両手が後にいっているので、何かを隠しているのだろう。

ったく、何を拗ねてんだ。

手招きをして、優しくルークを促す。

 

「どうした?ルーク、そんなとこにいないで入ってこいよ」

「・・・うん」

 

一言返事をしたがルークはまだ動かない。

やれやれ、何をためらっているのやら・・・。俺はベッドから立ち上がりルークの元へ歩いた。

戸が開けっ放しってもんも嫌だし、ルークの後頭部をポンと押して部屋に入れ、戸を閉める。

その時ルークが持っていたものが見えた。

 

「ガイ・・・夕ご飯食べなかったろ?だから、俺おにぎり作って来たんだ!」

 

勢いよく後から出した皿には、形はぐちゃぐちゃ、中身の具も見えていて、食う気も失せるようなおにぎりが三つ並んでいた。

自分でも下手だとわかっているのか、ルークは目を合わせてくれない。

 

「俺の為に作ってくれたのか?」

「だって・・・ガイ腹すかせてると思ったから」

「そっか・・・」

 

顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯く。

あぁ、だから見せたくなかったのか?これは酷いもんな。

本当に食べ物か?って聞きたくなるぜ。

さすがは何も出来ないおぼっちゃまだな。

ルークはぐちゃぐちゃのおにぎりが乗った皿をテーブルの上に置いて俺のベッドによじ登り、俺がおにぎりに手を付けるのをじっと待っている。

・・・しかたない。

俺は一つおにぎりを掴みゆっくりと口に運ぶ。

・・・・・・まずい。

普通の米を使っていて何でこんなにまずいんだ。

食べかけのおにぎりを皿に戻そうとしたがルークが今にも泣きそうな顔をしていたので思い止まり、一気に残りのおにぎりを口に入れた。

・・・・・・誰か助けてくれ、吐きそうだ・・・

・・・何とか飲み込んだが気分の悪さがなかなか治らない。

 

「美味かったか・・・?」

 

不安そうなルーク。美味い訳あるか、こんなもん食わせて。

これじゃあ犬の餌食ったほうがましだ!そう怒鳴ってやりたかったが、俺が取った行動は自分でも驚愕だった。

ルークの小さな体を抱きしめ頬にキスをしたのだ。

 

「ガイ?」

 

抱きしめられ嬉しくて、キスされてくすぐったくて・・・ルークが笑いながら首を傾げる。

そのしぐさが可愛くて更に抱きしめる両手に力を込めた。

まだ、未完成の簡単に折れてしまいそうな細い体。子供特有の高い体温。

風呂上がりの石鹸の香り。

壊れかけた自尊心と存在意味。全てが心地いい。

ああ、そうか・・・俺はずっとこうしたかったんだ。

失った家族や同胞、復讐を誓った仲間達。

そして、お前等を裁く為だけに生きる俺。

全てを捨ててでも手に入れたかったものは、今俺の腕の中にいるルークだったんだ。

お前を殺してしまったら俺の今までの時間は無意味なものになるとこだった。

・・・ルークがいてくれてよかった。ルークと同じ時を刻む心臓を持てて、よかった・・・

その言葉で封が切れたのか目尻がじわりと熱くなり、視界が潤む。

 

「ガイ、どっかいてぇのか?」

「違うんだ・・・何でも、ないさ」

 

涙に気付いたルークが心配そうに顔を近づける。

いつもとは違う俺の様子にルークもどうしていいのかわからず、取りあえず流れた涙をパジャマの袖で拭いた。

それでもとめどなく流れ続ける涙につられ、ルークの目にも涙が溢れてきた。

 

「うぅ・・・うあーんっ!」

 

ルークの泣き声が部屋中に響き渡り、今にもメイドが走ってこそうだ。

悲しみも情けなさも全部吹っ飛んだ。

俺は突然泣き出したルークに驚き必死になだめようと試みる。


「ルーク、何でお前が泣くんだ?」

「だ、だって・・・ガイが、泣くから・・・」

「・・・」

「ガイがっ・・・悲しいと、俺もヤダー!」

 

更に大声で泣き出すルーク。

俺はルークと同じ目線に立ち、頭をひたすら撫で、大粒の涙を拭い続けた。

 

「なぁ・・・ルーク?お前は俺が悲しいと自分も悲しいって言うけどな、俺だって同じなんだぞ」「ヒック・・・ぅえ?」

「ルークが泣いてると俺も泣きたくなるってこと。俺が泣くの嫌なんだろ?」

「・・・ック・・・うん・・・」

「なら、泣き止め・・・な?」

「・・・うん」

「いい子だ」

 

もう一度ルークの頭を優しく撫でる。

ぐしぐしと目を擦りながら必死に泣き止もうと息を止めるルーク。

そんなに息を止めたいなら手伝ってやろうか?前の俺だったらそう思っただろう。

今はルークの必死の姿がとても愛しい。

ルークはやっと落ち着いたかと思うと大泣きして疲れたのと、安心したせいかうとうとと眠たそうに瞼を閉じたり開けたり。

時計を見るともう10時を過ぎており、いつものルークだったらすっかり夢の中の時間だ。

 

「ルーク、もう眠たいだろ?部屋帰ろうな」

「・・・やだ」

「どうした?いい子のルークじゃないのか?」

「ガイと・・・一緒・・・寝る」

 

ルークは舌足らずな言葉で呟くときゅうっと抱き着いてきた。

無意識に笑みが零れてきて純粋に可愛いと思ってしまった。

今までそんなことなかったのに。

今日の朝まではあんなにルークのことを復讐対象としか見れなかったのに。

いや、本当はそんな気持ちなんか始めっからなかったのかもな・・・

気付くのを恐れて、復讐という感情に逃げていたんだろう。

まだ涙の跡が残るルークをベッドに寝かせ、俺も隣に潜り込んだ。

それを確認したルークはもぞもぞと動き、俺の腕を枕にして眠りについた。

小さな頭を優しく撫でて、規則正しい寝息をたてるルークの額に軽くキスを落とす。

これは誓い。

これからはずっとお前の側にいるよ。

お前が笑っていられるように・・・俺が笑っていられるように。

お前が好きな俺でいられるように。

まだ、過去に起きたことを思えば蘇る感情がある。

でもどっちを選ぶかは、きっと答は出ている。

お前がくれた答えだ。

奇跡とか運命とかそんな儚いもの、信じてなんてなかった。

願えばみんな死ななかったのか?・・・そんな馬鹿みたいな話無駄なだけ。

だけど、俺の苦心の過去があったからルークに会えたんだ。

今俺が笑えているのは間違いなくルークのおかげで・・・これが運命というなら、少しは信じてやってもいいかな。
俺は腕の中で眠るルークを抱きしめながらそんなことを想い、眠りについた。