夕日があたりを紅く染める中、周りには何もなくただまっすぐに続く一本道をクラウドは轟音を立てて走っていた。

今日の仕事である配達を終え、家へバイクを向かわせる。

いつもなら仕事が終われば家にも帰らず気の向くままバイクを走らせ暗くなるまで帰宅の徒にはつかない、そんな彼がまだ日のあるうちに家に帰るには訳があった。

自分の帰りを待つ愛しい人がいるのだ。

彼はきっと漆黒の長い髪を結い、慣れないながらも家事をしながらクラウドの帰りをまっているであろう。

そんな姿を想像したら速攻家に帰るしかない。

クラウドは今道に人が倒れていても通り過ぎてしまうくらい急いでいた。

町のはずれにある家の前に着くと、グォン・・・という音とともにバイクが動きをとめ、静かに息を止める。

ガレージにバイクを移し、勢いよく家のドアを開く。

 

「ただいま!ヴィンセント!」

「ああ、おかえり・・・クラウド」

 

居間で洗濯物を丁寧にたたんでいるヴィンセントに飛びつくクラウド。

おかげで今たたんだ洗濯物が宙に舞った。

 

「ク・・・クラウド、よさないか」

「だって1日もあんたに触れられなかったんだ。限界だよ」

「もっと我慢をするということを覚えるんだ、でないと・・・」

「ヴィンセントを前に我慢とかムリ!」

 

起き上がりチュッと軽く口付けるとみるみる内にヴィンセントの顔が赤く染まり、恥ずかしそうに目線を下にずらす。

 

「・・・っ!」

「まだ慣れない?可愛いなぁ〜」

「・・・ばかもの」

 

普段の白い頬が赤く染まる。

クラウドはそれを満足そうにながめた後、着替える為に自室へと向かう。

 

セフィロスを倒したあと、一緒に戦った仲間は自分のもとあった場所へ帰っていった。

だが、一人だけ帰る場所も待っていてくれる人もなく孤独を持つ仲間がいた。

それがヴィンセント・ヴァレンタイン。

行くあてもないヴィンセントはまたどこかで長い眠りにつこうとしたが、クラウドが「一緒にこないか」と彼を誘ったのだ。

ただ、なんとなく・・・そう、ただ気まぐれにいった言葉だった。

物静かで、落ち着いている彼なら一緒にいても害がないと思ったから。

ただの同情心だったのかもしれない。

その言葉を受けた瞬間ヴィンセントは一瞬驚き、「いいのか?」と聞き返した。

コクンと頷くと彼は始めてみる優しい顔で「ありがとう」と一言。

それを見て心臓を鷲づかみにされた気分になり、ヴィンセントの近くにいたいと思い始めた。

同じ男でも、自分より背が高くても・・・細く繊細なヴィンセントをずっと守っていくと心に誓った。

 

そして、今に至る。

ラフな格好に着替え居間に下りるとヴィンセントの姿はなく、キッチンの方からいい匂いとともにかちゃかちゃと音が聞こえたのでクラウドは急いで足を向かわせる。

 

「ヴィンセント、今日の夕ご飯は何?」

「今日はハンバーグだ。クラウド好きだろう?」

「俺の好物覚えていてくれたの?ヴィンセント大好きっ!」

 

そう叫びながら抱きつこうとするクラウドを制し、冷めない内に食べてくれ・・・とサラダやライスを取りに席を立つヴィンセント。

チェッといじけながらもクラウドは出来立てのハンバーグを口に運ぶ。

 

「うまいよ。ヴィンセント、料理うまくなったな」

「そうか・・・喜んでもらえてよかった」

「最初はひどかったもんなぁ〜」

 

笑いながらからかうとヴィンセントは申し訳なさそうにうつむいた。

料理などあまりしたことのないヴィンセントのご飯を始めて食べた日、クラウドは謎の腹痛で2日間寝込んだのだ。

その間付っきりでヴィンセントに看病してもらえたのでクラウドは別に気にしていなかったが、それからが大変だった。

ヴィンセントは明日地球が破裂するくらい深刻に悩み、料理の修業に出るやら、やはり出て行くやら・・・ヴィンセントを説得するのに2週間は優にかかったのだ。

だが、もとが器用なのかそれから1ヶ月ほどでヴィンセントの料理はプロ級になった。

影で恐ろしいほど努力はしたが。

 

それから一時間ほどして夕食も片付けもおわり2人はのんびりとテレビ鑑賞タイムに入る。・・・筈だったが本日の番組は全く興味のないものばかり。

時刻は夜の9時を少し回ったところ。

 

「つまんないな・・・しょうがないからもう寝る?」

「そうだな・・・クラウド、先にシャワーを浴びてきてくれ」

「どうせなら一緒に入るか?」

「なっ、何を・・・!」

「冗談だよ。すぐ済ませるから少し待っててな」

「・・・ああ」

 

バスルームにつくとクラウドは服を脱ぎながら大きなため息をつく。

ヴィンセントと一緒に住むようになって半年ほどがたつ、だが心は許してくれても体は許してくれはしなかった。

いや、本当は心すら許してくれていないのかも・・・湯気の昇る浴槽に体を沈め天井の水滴を見つめる。

別に体が目的で一緒に住んでいるわけではない。

ヴィンセントが本当に好きだから。

本当に守ってあげたいから。

そうでなければとっくに別居だ。

けど、彼は?

ここにいるのはありあまる時間を潰す為だけのことだとしたら・・・

クラウドはぶんぶんと頭を振り、考えを吹き飛ばした。

こんなことを考えるのはヴィンセントに対して申し訳ない。

どんな理由があろうと彼はここに居てくれているのだから。

けど・・・やはり・・・

 

「不安には・・・なるんだよな」

 

水滴の滴る微かな音の中ぽつりと呟く。

いっその事彼に打ち明けてしまおうか。

この浅ましくて、醜い独占欲の思いを。

そしてそのまま自分のものにしてしまおうか。

彼はどんな反応をするのだろうか、クラウドは考えただけでも下肢が熱くなるのを感じた。

クラウドは目を閉じて、ヴィンセントがどんな声で鳴き、喘ぎ、乱れるのかを想像する。

下肢の熱がドンドン膨らんでいくが、もう止まらない。

 

「・・・んっ、ふぅ」

 

クラウドはヴィンセントを思い立ち上がりつつある自身を両手でやんわりと握り上下にさする。

浴室にはクラウドの荒い息とチャプチャプとお湯が波打つ音が響き渡る。

クラウドは無心で自身の熱を解放することに熱中した。

 

「んんっ、んぁ・・・ヴィン・・・セントォ」

「呼んだか?クラウド」

「!!!ヴィンセント、な、何!?」

「いや、バスローブを置きに来たところで呼ばれて・・・どうした?声が荒いが・・・?」

 

心配そうに尋ねてくるヴィンセント。

心臓がドキドキと脈打つ。

動揺しすぎてクラウドはそそり立つ自身から手を離すことさえ忘れてしまっている。

ここで戸を空けられると何をしていたかばれてしまう・・・クラウドは必死に普段の声を取り戻そうと努力するが、それは逆効果となって言葉にでた。

 

「ンナ、なんでも、ないヨ!」

「本当か?なんだか様子がおかしいが?」

「いっ、いつものことダって!!そ、それより俺もう出るから・・・」

「あ、ああ。わかった・・・(やはり、どこかおかしい)」

 

ヴィンセントは謎を残したまま浴室を後にした。

ヴィンセントが出て行ったのを確認してクラウドは今日一番のため息と脱力感を感じた。

 

―――何やってんだ・・・俺。最低だ・・・

 

クラウドはすっかり萎えてしまった自身から手を離し、簡単に全身を洗い流す。

そして、バスローブに袖を通し、浴室を出て居間にいるヴィンセントの顔を見ないで「シャワー空いた」と一言だけ残し自室へと戻った。

こんな日は早く寝てしまおう・・・しょんぼりと居間を出て行くクラウドの後姿を不安そうに眺めるヴィンセント。

彼にはクラウドの様子がおかしい原因など検討もつかない。

考え込んでもしかたない、とヴィンセントはキッチンでホットココアを一つ作りクラウドの部屋へ向かうことにした。

コンコン・・・とノックを二つするが中からは何の反応もない。

ヴィンセントはもう一度ノックをしたがやはり無反応。

どうしようもなく不安になったヴィンセントはゆっくりとドアを開けた。

クラウドの部屋は明かり一つないが、今空けているドアから入る光で微かにベッドに山が出来ているのが確認できる。

ヴィンセントはそっとベッドに近づきベッドサイドのライトを点け、山を潰さないようにベッドに腰掛けた。

 

「クラウド・・・どうしたんだ?」

「・・・なんでもないって・・・言ったじゃないか」

「だが、そうは思えん。何か悩みでもあるのではないか?」

「・・・・・・悩み」

「私でよければ相談に乗るが・・・」

 

一番相談したくない相手にそう言われクラウドは無言のまま考え込む。

静かな空間が2人を包み、クラウドはいたたまれない気持ちでいっぱいになってきた。

暫くしてヴィンセントはその沈黙を否定されたと思い、静かに立ち上がる。

 

「私では・・・ダメか・・・。差し出がましいことをして、すまない・・・」

 

ぽつりと寂しそうに呟き部屋を出て行こうとするヴィンセントにクラウドは弾かれたようにベッドから起き上がり、ヴィンセントの細い腕をつかみそのままベッドに組み敷いた。

勢いだけででた行動にヴィンセント以上にクラウドが驚いていた。

ヴィンセントが困惑しながら見上げてくる。

 

「ク、クラウド・・・?どうし・・・」

「あ・・・その・・・俺」

「?」

「・・・俺、ヴィンセントを・・・抱・・・きたい、んだ・・・」

「・・・」

「ごめん・・・いきなり。でも、ずっと思ってたことなんだ・・・」

 

ヴィンセントがふぃと横を向いた。

薄暗い部屋でも微かにヴィンセントの顔が赤く染まっているのがわかる。

クラウドは自分のでた行動を憎み、今すぐこの場から逃げ出したいと心から思った。

意を決したようにヴィンセントが口を開く。

 

「・・・それは、ただの性欲処理のためにか・・・?」

「え?」

「ただ性欲を満たすために・・・私を抱きたいのか?」

 

クラウドは息を呑んで彼の微かな声に耳を傾ける。

それと同時に心の奥底にわだかまりが出来てくるのが感じる。

 

「違う・・・そんな訳ないじゃん」

「いいんだ・・・いいんだ。私がタークスにいる時も・・・関係を求めてくるやつは五万といた。・・・どうやら私にはそれくらいしか価値が・・・ないらしいな」

「違うって言ってるじゃないか!!」

 

クラウドの怒号にヴィンセントはビクリと体を強張らせ、怯える紅い瞳を潤ませた。

いつもならヴィンセントが涙目になったとこで怒りは収まるのだが、今日はどういう訳かまったく収まらず、怒りとともに嗜虐心があふれ出してくる。

クラウドは興奮のあまり思っていたことを一気にヴィンセントにぶつけた。

 

「俺はヴィンセントの事が好きだから抱きたいって言ってんの!他のヤツと一緒にするな。・・・今すぐ縄で?いで部屋から出さず、ずっと俺だけを見させるくらい・・・ヴィンセントが欲しいんだ!!けど、俺あんたを傷つけたり・・・あんたに嫌われたりするの嫌で・・・。毎日あんたのことしか頭にないくらい・・・好きなんだ・・・」

「・・・・・・」

「だから・・・『価値がない』なんて、寂しいこと言わないで・・・」

「・・・クラウド・・・」

 

クラウドの青く綺麗な瞳から一筋の涙が零れる。

ヴィンセントはクラウドを抱きしめ、雫を舐めとり瞼に優しく口付けを落とした。

 

「ヴィンセント・・・俺、本気だよ?本気であんたがほしいんだ」

「・・・・・・」

「本気で好き・・・好きなんだよ・・・」

「クラウド・・・」

「・・・好き」

「・・・ああ、わかった・・・だから、もう泣かないでくれ」

 

瞳を潤ませクラウドがヴィンセントに優しい口付けをおとす。

ヴィンセントもそれに答えるようにクラウドの背中に手を回し、力強く抱きしめる。

今までこんなに人を愛しく思い抱きしめたことも抱きしめられたこともない。

人とは・・・あたたかいものなのだな・・・クラウドの体温に包まれ、ヴィンセントはゆっくりと瞼をとじた。

 

「クラウドが・・・わたしのことを好いていてくれるのは・・・とても嬉しい・・・」

「ヴィンセントは?俺のこと好き?」

「・・・わからない・・・。ただ同姓に抱きしめられて嫌だと思わなかったのはクラウドが・・・初めてで・・・だから・・・・・・」

「うん?」

「・・・この先、気持ちが変わるかもしれない・・・ので・・・これからも一緒にいていいだろうか?」

 

ヴィンセントの手が微かに震えているのが背中越しに分かった。

彼にとっては告白と同じくらい勇気がいる事だったのだろう、クラウドの服を握り締め息を殺して答えをまっている。

まだ自分の事を好きでないことにクラウドはがっかりしたが、それ以上にヴィンセントから『一緒にいてもいい?』と尋ねられたことが嬉しかった。

クラウドは精一杯の愛しさを込めてヴィンセントを抱きしめ、最高の笑顔で答える。

 

「あたりまえだよ。俺ヴィンセントを好きにさせる自信あるからな。だから・・・ずっと一緒にいよう」

「・・・ありがとう・・・。ぁ・・・」

「何?」

「クラウド・・・その、私を・・・抱きたいと・・・」

 

ヴィンセントが伏せ目がちにもごもごと尋ねる。

そりゃあ、今すぐにでもヴィンセントを抱きたいけど・・・それは俺が求めているものじゃなくて・・・そんなことしたら他の奴らと同じだし、なによりヴィンセントを傷つけてしまう。

優しく、人の心に敏感なヴィンセントはこのままクラウドが押し続ければ抱かせてくれるかもしれない。

クラウドは頭を左右に軽く振り、ヴィンセントの目を見て

 

「ヴィンセント自身が俺を求めてくれなければ意味がないんだ」

「・・・そうか・・・」

「そのかわり、1回求めてくれたら嫌って言っても離さないから」

 

クラウドはニコリと子どもっぽい笑顔を浮かべる。

その笑顔につられ、ヴィンセントも少し照れながら優しく微笑み「ありがとう」と小さな小さな声で呟く。

そして、温かいクラウドの腕の中でヴィンセントは久しぶり深い眠りについた。

 

 

時間はまだまだ沢山あるのだ。

ゆっくりと自分の素直な感情を育んでいけばいい。

いつかきっと伝えられることが出来ると信じて。

いつかきっと彼を喜ばせてあげることが出来ると信じて。