俺はあんたが好きだから。

あんたにとって邪魔なだけなら俺は喜んであんたの前から消えます。

あんたの下についてからはあんたが俺の全てなんだ。

だけど俺はもう走れない。

一緒に歩けない。

こんな部下要りませんよね?

それならいっそ嫌いになって忘れてください。

あんたの中から俺を取り除いてあんたの道を行ってください。

だけど俺は忘れません。

あんたが俺に言ってくれたことは忘れません。

遠くで一人あんたを応援しています。

あんたがこの国を変えてくれることを信じています。

絶対にできますよ。

あんたは俺が好きになった人だから。

 

 

 

 

 

退役してから一年半がたった。

俺はあいつらと歩くことをやめ自分が生まれ育った町外れの小さな村で毎日をのんびりと過ごしている。

騒ぎも危険も孤独も仕事もない・・・ただただ平和な暮らし。

あの頃の俺はこんな暮らしが来るなんて思いもよらなかっただろう。

いつも何か必死だった。

いつもあの人を守ることで必死だった。

でも、今は・・・

 

「こんにちは、ハボックさん。お暇でしたらご一緒に散歩でもいかがですか?」

「ああ、ユリア。そうだな、天気もいいしご一緒しましょうか」

「まぁ、よかったわ。ちょうどパイも焼いてきていることですから」

「マジか?ユリアのパイは最高だからな」

「ありかとう、では車椅子押しますわね」

 

キィと音を立てて車椅子が動きだす。

この娘はユリアといって村の菓子夜の一人娘。

毎日のように俺に会いに来てくれて、散歩や話し相手になってくれる優しい子。

そしてよく笑いめちゃくちゃ可愛い。

俺達が村の中を2人であるくと人々は、『今日も仲がいいな』とか『結婚式はいつだ?』とかはやし立ててくる。

結婚する気はないが・・・悪い気はしない、むしろこの娘となら嬉しい。

 

「退屈じゃないですか?毎日平和すぎるほど静かで。ハボックさんは元は軍の人だったのでしょう?」

「ああ、あの頃は毎日が忙しすぎるくらいだったよ。でもこんな平和な暮らしも気に入ってるさ」

「そう、私少し不安だったの。ハボックさんがまた軍に戻ってこの村からいなくなってしまうかもしれない事が・・・」

「それはないよ。俺はもう軍には戻らない。ずっとこの村にいるさ」

 

軍にはもう居場所がないから。

そう付け加えると彼女は少し寂しそうに笑った。

 

「じゃあずっと一緒ですね」

「そうだな」

 

いつもの散歩コースをゆっくりと歩きちょうど日が暮れる頃に家に戻ってきた。

家の前でユリアは『また明日』と言って去って行った。

俺はその後姿を見つめながらため息をつく。

家に入ろうとするとポストに一通の手紙が入っていることに気がついた。

珍しく思いながら手紙を手に取ると心臓が激しく打った。

額からは汗が浮き出て、手が震える。

その手紙の差出人は・・・ロイ・マスタング。

見慣れた筆跡。

俺はそこから動くことも出来ず、震える手で封を開けるとそこには信じられないことが綴ってあった。

 

―――Dear ジャン・ハボック

久しぶりだ。元気でやっているか?

実はお前の村に視察が入ることになった、視察人は私とホークアイ中尉だ。

ということで近日中にそちらへ向かうことになった。

楽しみにしておきたまえ。

手紙でどうこう言うのもなんなので続きは会ってから話すことにするよ。

それでは・・・

 

愛するハボックへ  ロイ・マスタング

 

「マジかよ・・・。どう迎えれば・・・どんな顔すればいいんだよ?」

「なに、普通でいいさ」

「っ!!!?」

「会いたかったよ、ハボック」

「久しぶりですね」

 

大佐が俺の頬にちゅっと軽く口付ける。

軍にいた頃はそんな行動が当たり前で、もう見慣れたと言わんばかりに中尉は平然としている。

だが、どこか目に殺気がある。

いや、今はそんなこと気にしてる状況じゃない・・・。

 

「んなっ!?来るの早すぎんじゃないっすか!?この手紙今日来たとこっすよ!?」

「ああ、一刻も早くお前に会いたくてな。視察期間を早めてきた」

「・・・あんたって人は・・・変わってないっすね」

 

ホント、何も変わってない。

俺が守りたかった大佐だ。

俺が好きだった大佐だ。

ホントはすごく嬉しい、一年半たっても俺のこと好きでいてくれたなんて。

けど、それじゃあんたから離れた意味無いじゃないっすか。

あんな悩んで離れることを選んだのに。

悶々と考えているとバタンと大きな音をたててドアが開いた。

 

「ジャン!?あんた家の前でなに騒いでいるんだい?はやく入り・・・おや、お客さんかい?」

「あ、母さん・・・俺が軍にいたときの大佐と中尉が来たんだ。こちらが・・・」

「はじめまして、ロイ・マスタングと申します。」

「リザ・ホークアイです」

「あらまぁ、以前は大変お世話になりましたわ・・・さあどうぞ中へ」

「は!?家に入れるのか?」

「当たり前じゃないか。ほら、さっさとお前も入りな、カゼでもひいたらどうするんだいっ?」

「すみませんな、実は急なことだったので宿の手配が出来ていなくて・・・大変ご迷惑とは承知ですが少しの間泊まらせては頂けないでしょうか?」

「まぁ、迷惑だなんて・・・どうぞどうぞ、何も無いボロ屋敷ですが何日でも泊まっていってください。さぁホークアイさんもどうぞ入ってください」

「すみません、お世話になります」

 

続々と母さんに続いて家に入っていく。

とり残されたハボックは放心状態で夜風に吹かれる。

中からは夢にまで見た愛しい人の声。

だが、なぜが納得できない。

 

「〜〜っ・・・どうなってくんだ?・・・はっ・・くしゅん!!」

「ジャン!いい加減にしなさい!!」

「へいへい・・・」

 

 

 

 

 

何でまだ俺のこと忘れてないんすか?

俺のどこがいいんすか?

俺はもうあんたの足枷でしかない存在なんすよ?

はやく俺以上の人を見つけてくださいよ。

ベッドに横たわりながら泣きたくなる様な情けないことばかり考える。

俺こんな後ろ向きな考えしかできなかったっけ?

部屋の中は外から聞こえる涼しげな虫の声しかしない。

その癒される虫の声と心を傷つける考えとの間でウトウトと眠りにつこうとするとドアをノックする音で眠りから引き戻された。

声、聞かなくても誰か分かりますよ。

会いに来てくれたんでしょ?

でも・・・俺・・・

 

「はい、どうぞ」

「入るぞ、ハボック」

 

ほらね。

大佐は俺のベッドの横に椅子を持ってきて座るとゆっくりと足を組んだ。

胸ポケットからタバコとライターを出して火をつけ、上を向きふぅっと煙をはく。

そのあと髪を掻き揚げる。

いつも俺んちでやっていたことだ、懐かしすぎて目を離せない。

そんな俺の心を知ってかのように大佐は優しく笑って頬を撫でる。

 

「どうした?私に会えたのがそんなに嬉しいか?」

「・・・何言ってんすか。・・・俺の気持ちも知らないで・・・

「ん?何か言ったか?」

「別に・・・。視察ってどれくらいなんすか?どれくらいうちにいるんですか?」

「今回は5日ほどの視察だ。この村とその州域の・・・言えるのはここまでだ」

「・・・正解っすね。俺はもう軍の人間じゃないですからね」

「軍に戻る気はないのか?」

「俺はもう戻れない。動けない駒は役にたたないんすよ・・・」

 

それに、俺が近くにいたらあんたの為にならない。

大佐から目を離し、天井をみつめる。

ふいに大佐の動く気配がした。

椅子から立ち上がり俺を見下ろす顔は酷く辛そうだ。

いつも不適な笑みを浮かべる顔とは全く正反対。

搾り出された声はとてもか細くて、耳を澄まさないと聞こえないくらい。

 

「軍じゃなくてもいい・・・私の元に戻ってはくれないか」

「・・・は?だって・・・俺・・・」

「私は今でもお前を愛している。お前の世話は私がする。だから・・・私と・・・私の元にいてくれないか・・・?」

「そんな・・・」

「答えを今出せとは言わない、私が中央に帰る日に聞くとする。それまでよく考えておいてくれ。それでは夜遅くに失礼したな。おやすみ、ハボック。また明日」

「あ・・・おやすみなさい」

 

静かに大佐が部屋を出て行く。

そして、隣の部屋のドアが閉まる音が聞こえた。

部屋はまた虫の声で満たされるが、今の俺にはそんなもの聞こえないくらい自分の心音が耳の奥から聞こえる。

大佐、何だって?

 

【私の元にいてくれないか・・・?】

 

俺だって大佐の元にいたいです。

今この足が動くのだったら追いかけて抱きついてキスしたいです。

でもそんなことできない。

今の俺にはなにも出来ないんです。

 

【お前の世話は私がする。】

 

迷惑かけたくないんです。

俺一人じゃホント何もできないんです。

この先、ずっと誰かのお荷物でしかない存在なんです。

そんなの・・・。

目の奥が熱くなって頬を何かが流れる感覚がした。

隣には大佐がいるんだ泣いちゃいけない、声だしちゃきっと大佐が来る。

けれど一度溢れた涙は止まることを知らず、どんどん流れ出す。

 

「・・・っ・・・ぅっ」

 

ごめんなさい、泣くつもりなんてなかったんです。

哀しいんじゃないんです、嬉しいんです。

俺、幸せ者だって実感したんです。

ごめんなさい、もう泣きませんから・・・今は許してください。

 

 

 

 

 

「ハボック、朝だぞ。起きなさい、今日はこの村を案内してほしいんだが」

「ふ・・・?」

 

大佐・・・?

何で大佐がいるんすか??

これ、夢?

 

ちゅっ・・・

 

「!!!」

「起きなさいと言っているんだ。これ以上のことされたいのか?」

「たっ!・・・あ、そうか・・・視察だったっけ」

「なんだ、お前寝ぼけていたのか」

 

くすくすと大佐が笑う。

バツの悪い顔をしていると大佐に腕を抱えられ丁寧に車椅子に座らせてもらう。

久しぶりの大佐の温もりは優しくて暖かくて離れたくなかった。

 

「重い・・・」

「っ!・・・なら、離しっ・・・」

「が、お前少し痩せたんじゃないのか?以前よりずいぶん軽いぞ」

「そりゃあ・・・ここでは体を鍛える必要なんてないっすから」

「私は以前の抱き心地のほうが好きだがな」

「・・・何言ってんすか。早く朝飯食いに行きましょう」

 

車椅子の車輪を手で回そうとするといきなり動き出した。

振り向くと大佐が押してくれていた。

大佐にこんなこしてもらって嬉しくて、情けなくて、申し訳なくて、自分に腹がたってひざ掛けの下で拳をきつく握り締める。

 

「ごめんなさい・・・あ、ありがとうございます・・・」

 

誰にも聞こえないくらいの小さな小さな声でお礼を言う。

テーブルの定位置まで車椅子を押してもらい、ロイが離れようとした時耳元で何かを呟いた。

俺にしか聞こえないくらいの小さな小さな声で、

 

「どういたしまして。だが、ごめんなさいはいらないな」

 

ちゃんと聞こえていたんすね。

けど、あんたに面倒見てもらったとしたら俺、ごめんなさいだらけっすよ。

テーブルに並ぶ大量の朝食をゆっくりと食べ、すこし休憩してから大佐と中尉とで外にでた。

今日も天気は良く、気持ちのいい風が草木を揺らしている。

うぅ〜っ・・・と背伸びを一つして大佐の依頼を確認する。

 

「村の案内でしたっけ?どっから案内しますかね」

「そうだな、まずこの村で一番栄えているところにでも連れて行ってもらおうか」

「了解。栄えてるつっても小さな村っすから・・・こんなとこ視察する意味あるんですか」

「あるんだ。車椅子押すから案内頼んだぞ」

「あ、いっすよ。俺自分で押しますから」

「私が押したいんだ」

「・・・そんじゃお願いします・・・」

 

ゆっくりと歩きのんびりとした気分を味わう。

ユリアが押してくれるスピードよりもっとずっと遅い。

俺のこと心配してくれてるんすか?

俺はもう平気なんです。

 

「大佐・・・なんでこんなゆっくりなんですか?いつまでたってもつきませんよ」

「そのほうがいい。そのほうがお前といる時間が長くなるからな。お前も私といたいだろう?」

「・・・自分勝手な上に自信過剰っすね」

「そんな私が泣くほど好きなのはどこのどいつだ?」

「・・・!!!あんた、気付いて・・・」

「本当は傍に行ってやりたかったのだが、泣いているお前を見ると歯止めが利かなくなりそうで  な・・・すまない」

 

訳のわからない事を言いながら、本気で申し訳なさそうに大佐があやまる。

俺もなんか申し訳なくなってきた。

 

「別に・・・あやまられる筋合いないっす」

「今日は一緒に寝てやるから、寂しい思いはさせない」

「!?ガキじゃないんすから寂しくなんかありません!」

「なになに、照れることはない」

「照れてなんかないっす!!」

 

俺は動くからだを精一杯動かして大佐と向き合おうと後ろを向く。

その瞬間バランスが崩れ、車椅子が倒れそうになった。

それを見て、今まで黙って聞いていた中佐が、こほん、と一言。

 

「大佐、あまりじゃれすぎないでください。危ないです。」

「・・・わかった、すまない、ハボック。大丈夫か?」

「あ、全然平気です。すみません、中佐」

「いいのよ」

 

中佐は厳しいけど、相変わらず優しいな。

そんなこんなでいつもなら20分ほどでつく街まで1時間かかってやっとたどり着いた。

街はいつもどおり小さいなりに活気があってみんな世話しなく動いている。

大佐と中佐に一通り街を案内し終え、一休みで小さなカフェテラスに入った。

少しの間なんのたわいもない話をしていると不意に誰かに呼ばれたような気がして振り返ると、そこには焼きたてのクッキーや、ケーキを大量に抱えたユリアが微笑みながらたっていた。

 

「こんにちは、ハボックさん。今からご自宅に伺おうと思っていたことろなの。今日はたくさん焼いたからおすそ分けにと思って」

「やぁ、ユリア。ありがとう。母さんもきっと喜ぶよ」

「嬉しいわ。こちらの方は?」

「・・・俺が軍にいたときの大佐と中佐なんだ。仕事で少しこの村に滞在するらしくてね。今、俺の家に泊まっているんだ」

「まぁ、そうでしたの。始めまして、ユリア・ソフィードと申します」

 

ユリアはケーキ類をテーブルに置き、大佐と中佐に向かって花のように微笑みを浮かべ握手を求めた。

とっさに大佐はユリアの手をとって、手の甲にキスをし、自己紹介を始める。

 

「始めまして、ロイ・マスタングと申します。軍では大佐の位置についています。今回の仕事は何と運がいいのか・・・こんな美しい女性とめぐり合えるなんて。よかったらこのあとお茶でもいががですかな?」

「大佐」

 

カチャリと銃口が大佐の背中に当てられた。

大佐は、仕方ない・・・とため息を漏らすと軽く会釈をし、手を離して一歩後ろに下がった。

あんたユリアにまで手ぇだそうとしたんですか?

俺がこんなに近くにいるのに。

心の中で大佐に不満をぶつけているとスッと中佐が前に出てユリアに向かって手を差し出し、自己紹介を始めた。

 

「始めまして、リザ・ホークアイです。位は中佐、大佐のお守りをしています。よろしく」

「あっ・・・はい、よろしくお願いします」

 

ユリアがぎこちなく中佐と握手を交わす。

なんだか様子がおかしい、いつものユリアなら人懐っこい笑顔で握手するのに。

ユリアは一歩さがり、俺と中佐を見交わし不安そうに口を開いた。

 

「ハボックさん・・・ホークアイさんてとても綺麗な方ですね。私なんかよりもずっと大人っぽくて・・・」

「・・・へ?」

 

ユリア・・・もしかして、なんか勘違いしてる?

大きな瞳を潤ませ今にも泣きそうな顔をしているユリアに近づき、きゅっと握られている両手を俺の手で包み込み、優しく言い聞かせる。

 

「ユリア、なんか勘違いしてないか?俺と中佐はなんでもないんだぜ?そりゃ中佐は綺麗で、優しいけど・・・そんななかじゃない」

「あ、そうでしたの・・・。私てっきり・・・」

「こーら!!お前ら、まっ昼間から手なんか握り合ってんじゃないぞ!そーゆーのは早く結婚してから家でやれ!!」

「まったくだ!いっそのこと今から結婚式でもやるか!?」

 

気がつくと俺達は町中の人の注目の的だった。

は・・・恥ずかしい、そんなにはやし立てるなよ・・・。

大佐と中佐にも見られちゃったじゃないか。

ぱっとユリアの手を離し、大声で町中の人に文句を言い放つ。

やっと野次も治まった頃、ユリアが嬉しそうに「おばさまにケーキを届けるから今からお邪魔させてもらってもいいかしら?」と申し出た。

別に断る理由もなく、俺と大佐、中佐、ユリアで家に向かって歩いた。

来た時と同じ大佐が車椅子を押してくれた、けどなんだか様子がおかしかったような気がしたが、特別気にすることもなく、帰路についた。

これからの4日間なにかが起こるかもなんてまったく考えず・・・。