知らずにいられたらどんなに楽だっただろう。
伝えずにいたらどれだけ後悔しなかっただろう。
この関係が壊れてしまうのなら一生自分だけの中に秘めてその内この感情が消え去ってくれることを願ったのに。
自分が握りつぶしたことの大きさに殺されそうです。
「あなたのことが好です」
「私も好きだよ」
「違う・・・愛しているんです」
こんなこと言わなければよかった。
あれから芭蕉さんの様子がおかしくなった。
人前を歩く時や、誰かを交え話ている時は普通なのに、2人きりになったとたん急に大人しくなる・・・というか完全に僕を避けている。
今日も一人で夕食を済ませもう布団にはいっている。
僕はこの悶々とした気分を紛らわそうと夜の散歩に出掛けることにした。
空には数えきれないほどの光の粒。
それを眺めながら行き先も決めずただふらふらと足をすすめる。
なんで僕を避けるんです?
あなたには僕しかいないでしょう?
僕がいなくなったらあなたなんか三日で野たれ死にますよ?
どうしたらわかってくれるんです?
あなたの前から消えましょうか?
そうすれば僕の大切さがわかるでしょう?
・・・僕のこと愛してるって分かるでしょう?
少し肌寒い秋の夜空に季節はずれの虫の声が響き渡る。
どこまでも続いていきそうな砂利道の真ん中に立ち、曽良は笑みが零れそうな口元を押さえた。
想像しただけで大笑いしそうになる。
曽良が居なくなって、悲しくて、切なくて、怖くて、苦しくて壊れていく芭蕉の姿。
それもいい、そうしたらずっとあんたの中にいられる。
どうやっても縮められない距離だけど、一番近くにいる。
しばらくの間その場で立ち続け、曽良はまた宿と反対の方向に歩き出した。
空が白みかけ、眩しい光が世を照らす頃曽良は長い散歩から帰ってきた。
一晩中歩いたと言うのに疲れはあまりなく、今日も長い距離を歩くことに支障はないようだ。
冷え切った手を擦り合わせ、宿に続く曲がり角を曲がるとそこには・・・
「!!そっ、曽良くん!」
涙目で、頬を真っ赤に染め、しなびたぬいぐるみを抱いた芭蕉が立っていた。
曽良の姿を確認すると何も羽織らず浴衣一枚の姿で芭蕉は駆け寄った。
近くで見ると寒さのせいか、微かに肩が震えている。
「・・・なにやってるんですか?カゼひきますよ」
「だって、君が帰ってこないから・・・心配で・・・・・・眠れないから」
目の下に薄っすらとクマが見える。
この歳で一晩中寒空の下で立っているのは酷く辛かっただろう。
それでも、曽良のことが心配で頑張ったのだ。
曽良はそれを量ると・・・
ずどっ・・・
「ふぉふぁ!?」
静かな朝に重たい音と芭蕉の唸り声が響いた。
ありったけの力を込めた断罪チョップが炸裂したのだ。
芭蕉は頭を抑えうずくまり、何故チョップされたのかを必死に考えるが、全く思いつかない。
恨めしげに曽良を見上げると、いきなり腕を引き上げられそのまま曽良に抱きしめられてしまった。
いきなりのことで動揺しまくりの芭蕉を他所に壊してしまいそうなくらい力を込めて細いが、しっかりとした体を抱きしめる。
芭蕉もおどおどと曽良の背中にてをまわした。
「そ、曽良くん?苦しいよ」
「・・・」
「そ〜らくん、苦しいって・・・んぅ!?」
曽良が芭蕉の唇を塞ぐ。
朝早いといっても人が居ないとは限らなく、芭蕉は曽良から離れようと身を反らし抵抗したが、もちろん曽良がそれを許すはずなく更に深く口内を貪った。
恥ずかしくて、苦しくて、芭蕉は曽良の背中を力いっぱい叩く。
やっと芭蕉が開放された時には酸欠状態で頭はクラクラし、腰が砕け曽良に支えられていなければ立っていられない状態だった。
「いきなり、何するの・・・!?」
「寒かったもので。芭蕉さんも少しは暖かくなったでしょう?」
「・・・っ!なってない!なってないよ」
「それはいけませんね・・・部屋にもどりましょう。もっと暖めてさしあげますよ」
「!!!いいよっ、松尾寒くないもん!強い子松尾だよ!?」
必死の叫びも虚しく、芭蕉は曽良に手を引かれ宿の中へ連れ込まれていった。
握った手は暖かく、生きてる証を伝えてくれる。
僕の気持ちを知った後でもあなたは普通に接してくれる。
それは、脈がないからってことですか?
それとも、気付いてないだけですか?
・・・まあ、いいです。
知ったからには必ずその気にさせて見せますよ。
消えるのはそれからでも遅くない、その時はあなたが僕を求めればいい。
このもどかしさを実感すればいい。
それまでは一緒にいてあげますよ。
なんせ、僕はあなたの・・・・・・