「大佐、サイン下さい」
ぶっきらぼうな言い方と共に一枚の書類がロイの机の上に置かれた。
「主語を言え、少尉。そんなに私のファンなのか?」
「アホなこと言ってないでさっさとしてください。」
ロイのほうを少しも見ずに空を眺めタバコをふかすハボック。
その日ハボックはすこぶる機嫌が悪かった。
朝は、少しイラついているのか、くらいだったのに午後に入ってからは、誰も近づけさせない、という恐ろしいオーラを放っていた。
どうしてこうなったのか原因が誰も分からないため対処のしようもなく、ブレダやフュリーはただ怒りが納まってくれるのを待つのみだった。
触らぬハボックに怒りなし。皆がハボックをやんわりと避けていく中ロイだけは違った。
何を話し掛けても、ちょっかいを出しても返ってくるのは不機嫌な返事と威嚇するような目だけ。
それでもハボックにちょっかいを出し、素っ気ない態度に落ち込む、の繰り返しを延々と繰り返している。
落ち込む位ならちょっかい出さなければいいのに…誰もがそう思うが誰ひとりとして敢えて忠告はしなかった。
しても無駄だってことが分かっているから。
ロイはいつものように馬鹿言って、笑って返事を返してほしくて堪らないのだ。
どんな時でも自分を蔑ろにされたくはない、何があっても自分を見ていてほしい。
ハボックに対してはその思いは殊更に強い。
以前からハボックの事は気になっていたが、あくまでもそれは「手のかかる部下」だからと思っていた。
あの日、公園でのやり取りがあるまでは…あの日のお陰でハボックがどれほどロイの事を大切に思っているのかよく分かった。
その瞬間ロイの中でハボックは「手のかかる部下」から「親友みたいな部下」に評価が上がった。
どこをどうしたらそうなるのか分からないが、ハボックに対しての想いが上がったのは確かだ。
親友だからあんなに心配してくれ、尽くしてくれる。
喜んでお前の気持ちを受け入れようではないか!思う存分親友ぶるがいい。
一人夕日に向かって構えるロイは端から見れば少し…いや、かなりおかしな存在だった。
「大佐、一人で妄想に耽ってないでこっちの書類にもサインください」
またもや素っ気なくひらりと書類が机に置かれた。
ロイがサインをしている間もハボックは不機嫌で怠そうにタバコをふかしている。
…しかし、これはどうみても親友にとる態度ではない。むしろ、友達以下というか…ただの知り合い…。上司と部下の関係よりも劣るではないか!
こいつは一体何を考えてるんだ…親友といえば、夕日の河川敷を走ったり、殴り合った後握手したり、共に海に向かって叫んだり…そぅいうことではないのか!?
ロイの親友に対する認識は置いといて、今日のハボックは確かに好意を持っている相手に接するような態度ではない。
何が足りない?私たちの間には何が必要なのだ…。
話し合い?殴り合い?
…そうだ!まだサシで酒を飲み交わしたことがなかったな…これだ!
「ハボック」
「…ん?出来ましたか?」
「今日、仕事が終わってから私の家に来なさい?」
「…は?なんでですか?」
「……(えぇと…)…ヒューズから年代物のブランデーを貰ってな」
「喜んでお邪魔いたしまっすv」
…単純なやつめ…。
仕事も定時に終わり、二人はハボックの運転する車でロイの家に向かった。
車の中で二人の会話はあまりなかったが、別に気まずい雰囲気でもなく、逆に何処か心地よさを感じるほどだった。
それは、お互いを認め合い、心を許しあってるからこそ。
通い慣れた道を淡々と走り、ロイのマンションの前で車を停めた。
招かれた部屋にはアンティークな時計やテーブル、食器棚、ソファのみで余計な物は一切置かれていないが、それが逆にロイらしかった。
適当なつまみと大量の酒、グラスをテーブルに並べ、ハボックと向き合う形でソファに腰掛ける。
さて、何から話そう…。
グラスに注いだブランデーに口をつけながらロイは思う。
普段通りに接しようとすればするほど思考がグルグル回り、何を話せばいいのかわからなくなる。
二人きりとゆうことと、このバーのような雰囲気のせいなのか…?
部屋…部屋を明るくせねば!いや、なんの解決にもならないか……なんなんだ、この思春期の恋愛初心者みたいな気持ちは!
こうぅ…ソワソワ…ウズウズ…ドキドキ…フワフワ…。
グラスを両手で割らんばかりに握り絞め、まるで戦場にいるかのような真剣さそのもののロイ。
百戦練磨のロイも本命の前ではただの男になりさがっていた。
会話のないまましばらくの時が流れ、堂々巡りの考えから抜け出そうと先程から余り口を付けていないブランデーをぐっと飲み干し、継ぎ足そうと瓶に手を延ばす。
ところがその瓶からブランデーは出てくることもなく、用意した酒は全てハボックに呑まれてしまったのだ。
ハボックの顔はアルコールでほんのり赤く染まり、どこと無くフラフラとして酔っているということが一目で分かる状態だ。
焦点の会わない目で虚空を見つめるハボックに、水の入ったグラスを差し出しながらロイが一声かけた。
「…おい、流石に飲み過ぎだ。」
「……たいさぁ〜…」
「ん?なんだ?」
「俺は…大佐が他の奴にどんなに悪く言われたって…大佐のこと、大好きですから…」
どこか拗ねた様にロイを見ないで呟くハボック。
それはつまり、今日の機嫌の悪さもこの悪呑みも全部…他人がロイの悪口を言っているのを聞いてしまったから…。
どっきん!
突然ロイは心臓をわしづかみにされ、締め付けられるような気分になり、同時にハボックがどうしようもなく愛しく可愛く見えてしまう。
く…何だ、まさかハボックに恋しているとでもいうのか!?まさか!?
しかし…何故こんなにもハボックが可愛く見えてしまうのだ!?
今、これ以上ハボックと一緒にいるのは危険だと本能が悟ったロイは立ち上がり、部屋を出ようとした。
部屋を出ていこうとしたロイに気付いたハボックは、慌ててグラスを置いて届くはずもない手を延ばした。
「たいさぁ…何処、いくんすか……置いてかないでくださいよ…」
どっっきーん!
体中に駆け巡った衝動にまかせハボックを乱暴にソファに張り付け、欲するがまま激しく口づける。
片手でハボックの両手を頭上で留め、もう片手で額を固定し、熱い口内を堪能した。
「んむ…ぅ、ふぁ…」
最初は抵抗していたハボックもすぐにロイを受け入れ自由の効かない身体で必死に求めている。
それがまたロイのツボにはまり、二人で口づけに没頭していった。
ところがいきなりハボックの動きが止まり、不信に思ったロイは名残惜し気に唇をペロリと舐めハボックを解放した。
そこには安らかな寝息を立てて子供の様に眠るハボック。
ムードもへったくれもあったもんじゃない。
何だか虚脱感に苛まれたロイは深いため息をつくとハボックの隣に座り込んだ。
「…ったく…この状況で眠る奴があるか…」
スースーと眠るハボックの金色の髪を指で弄び、愛おしげに口づける。
この私が男でしかもハボックごときに心奪われてしまうとは…まぁ、いい。
気がついたからには全力で行かせてもらうさ。
お前の全てを手に入れるまで離しはしない。
これからのお前の時間を奪ってやる。
誰にも邪魔はさせない。
それが私の愛し方だ。
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以前書いた「恋心?」の続きです。
いよいよ恋に気付きました!ハボックのことが大好きなロイがダイスキ!
まだ続く予定で、次回からはやっといちゃいちゃさせます!!