珍しく朝のまともな時間に目が覚めた。今から起きれば十分出勤には間に合う時間だ。
でも、起きないよ。辰伶が起こしに来てくれるまでは誰が来ても寝たふりするし。っていうか、もう一回寝よ。
しばらくして世話しなく廊下を歩く音とピリピリした気配が近づいて来た。勝手知った自分の部屋みたいに入口の扉をくぐって、ためらいもなく寝室の障子開けられた。
オレにはぷらいばしーってないの?でも、オレ辰伶にはオープンだからいいけど。
「いつまで寝てるんだ!もう日も高いぞ、さっさと起きんか」
毎朝毎朝同じ台詞言ってて飽きない?オレ的には頬にチュッってしてくれたほうが目ぇ覚めるんだけどね。ま、その後の保証はないけど。
いくら怒鳴っても一行に布団から出ようとしないオレに痺れを切らした辰伶は、オレの毛布を剥ぎ取り水の塊をぶつけてきた。
服や布団がビショビショで気持ち悪い。
「辰伶のばか…水嫌いだって」
「貴様が起きんからだろう!さっさと着替えて出てこい」
背を向け部屋を出ていこうとする辰伶の手を掴んで抱きしめようとした。でも、いつもならすんなりとオレの胸に納まってくれるハズなのに、今日はなんか逆に力いっぱい引っ張られて立ち上がさせられちゃった。
オレも油断してたけど…。
辰伶の手を握って立ち尽くすオレの額を軽く小突いて、手を軽く振りほどき辰伶は部屋から出ていった。
残されたオレは兄貴面で小突かれたことと、水かけられたことにイラつきながらも頭の中は?でいっぱいだった。
それでも仕方なくいつもの服に着替えて外に出た。
太陽はもう真上にあって世界を平等に照らしてる。いつもだったらこんな昼近くまで寝かしてなんかくれないのに。今日は辰伶も遅刻したのかな?
行く宛もなくぶらぶらと廊下を歩く…オレって今日何しなくちゃいけないんだっけ?確か昨日辰伶からなんか言われてた気するけど…?思い出せない…とりあえず執務室に行くことにした。
あそこなら辰伶もいるしね。
辰伶は文机に姿勢よく座って何か書いてる。むっ…オレが来たってのに何の反応もしてくれない。
「しんれー、オレって今日なにするの?」
「…貴様には昨日言ったはずだ」
「忘れちゃった」
「…忘れただと…」
あ、怒ってる。辰伶は机の中から一枚の封筒を取り出してオレに差し出した。おとなしく辰伶の隣に座って封筒の中身を確認する。
「…めんどい」
「何を言う!いつも昼寝ばかりで…たまには貴様も壬生再建に勤めを果たせ」
………あれ?何かおかしい。
封書に書いてあったのは、樹海での残党刈り及び同朋集め。未だに樹海には沢山の反壬生や人にあらざるものが溢れてるみたい。
味方になれば壬生に招き、そうでなければ切れ。そぅゆーことだよね?でも…
「オレ、残党と同朋の見分けつかない」
たぶん、樹海で会ったらすぐに切り掛かっちゃうもん。今までだってオレ一人も連れて来てないでしょ? ね?って辰伶に首を傾げるとすごい大きなため息つかれちゃった。
「…仕方ない。今日だけは貴様と一緒に行動してやる」
………やっぱり何か変。
「ホント?辰伶と外に行くの久しぶり。楽しみ」
「遊びに行くんじゃない!大事な任務に行くんだ!俺のやり方をよく見ておくんだな。ほら、立て」
いつまでたってもお固いやつ。
辰伶は机の上の書類を終ってさっさと部屋を出て行った。
……さっきからおかしいけど…辰伶、オレの名前呼ばないようにしてる?そういえば昨日も…。どうしたんだろ?会話とかはフツーなのに。
あ、待たせてるんだった。オレも辰伶の後を追って外に出ることにした。
いつ来ても樹海ってジメジメしてキライ。でも今日は辰伶も一緒だからいつもより感じないかも。辰伶ってすごい。
獣道をどんどん奥に歩いてく。今日は全然誰にも会わない。楽でいーけど。ふと、さっきのことが気になって前を歩く辰伶に声かけた。
「辰伶」
「なんだ?」
「疲れた。ちょっと休憩しよう」
「さっき休んだばかりだろう!」
「そうだっけ?でも疲れた」
「貴様っ!いい加減にしろ」
…やっぱり。絶対名前呼ばないようにしてる。オレは今日出来るだけいっぱい呼んでるのに。なに?ズルイよ。
その場にしゃがみ込んで俯いた。こうすると辰伶心配して近づいてくれるから。
「…おい?」
ほらね。
「……」
「貴様、どうした?」
「…螢惑」
「は?」
「貴様じゃないよ。螢惑。辰伶昨日から全然名前呼んでくれない。……オレのこと嫌いになった?」
「っ!違う…!その…」
辰伶は何か言いずらそうに俯いて黙っちゃった。オレ、下から見上げてる形だから表情とか全部見えてるけど。
…すごく悔しそうで、ちょっと恥ずかしげ?
じっ…と辰伶の目見つめてたら観念したのか、言葉を紡ぎ始めた。
「……貴様…【螢惑】は、やめたのだろう……」
普通に聞いてるだけじゃ全然聞こえなさそうな声。いつもの辰伶からは想像つかない。
「え?うん、そうだけど」
「……遊庵にはちゃんと訂正を求めるくせに…」
それって、もうオレが螢惑じゃないから呼ばなかったってこと?で、ゆんゆんには直してって言うのに、辰伶には言わなかったから…拗ねてる?
…………辰伶、かわいい。
立ち上がって力いっぱい辰伶抱きしめた。抵抗されたけど、木に押し付けて深くキスした。
「っ!はぁ…いきなり、何するんだ!?」
「ごめんね。辰伶がそんなこと悩んでる何て思わなかった…これからはいっぱいほたるって呼んで?」
「…俺は【螢惑】のお前しか知らん…。【ほたる】としてのお前は狂たちとのほうが仲がいいのだろう…」
幼い頃から螢惑は螢惑だ。俺の異母弟であり、父から刺客を送り込まれ、俺を憎む。自由に生きれることへの憧れや妬み、それは全て【螢惑】という人物へ向けられたもの。
【ほたる】ではない。俺の中の【ほたる】という人物は、四聖天であり、壬生や俺と関係を持たない。そんなやつを親しく呼べはしない。我ながら女々しいとは思う。しかし……。
「(また妬いてる?…かわいい)そうだけど、【螢惑】も【ほたる】も俺だよ?」
「……わかっているっ」
オレに全身の自由を奪われてるから、手で顔を隠すことも、背を向けることも出来ず、ただ横を向いて悔しさと恥ずかしさで紅く染まる顔を見せないようにしてる。
その仕種がまたかわいくって、ほっぺに軽くちゅってしちゃった。
あ…もっと紅くなったし、なんか目潤んできた。ヤバイ…いろんな意味ですごくヤバイ。
泣かせたいわけじゃない。…鳴かせたいときもあるけど、オレ、微笑んでる辰伶が一番好きだし。
「辰伶は、【螢惑】と【ほたる】どっちが好き?」
「…な、なにを?」
「どっちー?」
「……け、【螢惑】……」
「じゃあ、オレ辰伶だけの【螢惑】になるし」
「??」
辰伶が首を傾げて怪訝そうな顔で見てくる。全く通じてないみたい。
「辰伶に【螢惑】あげる。【螢惑】やめたって言ったけど、辰伶が【螢惑】って呼んでくれたらオレ、誰といても【螢惑】になる。どうせなら辰伶に好きでいて ほしいし」
「それは…お前は、俺のものになるということか??」
「辰伶には【ほたる】も【螢惑】もあげてるつもりだっだだけど…。だから、オレも辰伶貰うし」
動きを封じたまま辰伶の首筋に唇を落として、紅い印をつけた。普段辰伶は首まで隠れる服着てるから余り見えないかもしれないけど。
「これ、オレのものって印。…はい」
辰伶の手を自由にしてからオレの首筋を差し出す。なんだ?って目が言ってる。
「オレが辰伶のものって印つけてよ」
「っ!!…そんなこと出来るかっ」
む。素直じゃない。辰伶はどうにかしてこの状況を避けて乗り切ろうか必死で考えてる。眉間のシワ、すっごいよ。でも、絶対させるし。
「じゃあ辰伶はオレが他の奴のものになってもいいの?」
「…………………ぃやだ」
何?その間。即答してくれないとなんか傷つくんだけど。辰伶はぎゅっと拳を握りしめ俯いてる。
瞳はまだ少し潤んでて…オレの心がザワザワッってして少し虐めたい気持ちになった。わざと悲しい表情と真面目な声だして。
「印つけないと誰かに取られちゃうかもよ…狂とかアキラ…あとゆんゆん」
絶対ありえないし、考えただけでキモいけど。
そんなこと思ってたら勢いよく辰伶が顔上げた。その表情はただただビックリってカンジ。口開いてるよ。
こーゆーとこ可愛いと思う。けどまだまだ、ここで甘やかしなんかしない。
「辰伶につけた印だって3、4日もすれば消えちゃうし…そしたら別の人につけてもいいよね」
「っ!?」
「オレ辰伶のじゃないんだし、誰につけてもいいはず」
あ、今度は凄く辛そうな顔。ちょっと虐めすぎた?だって辰伶見てるとつい虐めたくなるもん。だから、辰伶が悪い。
オレの目に注がれていた視線を下にずらして、辰伶がなんか呟いた。
「…つけかたなど、知らん」
「キスして、おもいっきり吸えばいいの」
「………」
ほら、そろそろ観念すれば?必ずしななきゃいけないことなんだし。
いきなり辰伶がオレの肩を掴んで振り返らせようとした。ぐいぐい押されたけど何とか堪えた。
「何?」
「…後ろを向け」
「えー?前からがいい」
「…っ!向け!でないとしてやらん!」
辰伶顔真っ赤。しょーがないな。辰伶に背中を向ける。見えなくてもすっごい緊張して、それを納めるのに胸に手を置いて深呼吸してるのがわかる。
いくらやっても納まらないと思うよ。少しくらいなら待ってやってもいいけど、余り長いとお仕置きするし。
……背中を向けてから10分位たったけど辰伶が近寄ってくる気配がない。
む…(怒)
もう、限界。ここでお仕置き決定。泣いても止めてやんないから。振り返ろうとしたとき首筋に柔らかくてサラサラしたものが触れた。
やっと辰伶が行動したみたい。危ないとこだったね。
間近にある辰伶の髪から透き通るようないい匂いがする。男のくせに…とか思ったけどその心地よさに目を細めた。
首筋に付けてる辰伶の唇が熱い。辰伶いまどんな気持ちでしてるんだろ?オレはすっごい気持ちいい。
……………辰伶、長いよ。もうくっきりついてるはずだけど?初めてだから加減わかんない?まぁ気が済むまでしてていいけど。
あれ?辰伶もしかして、息、止めてるんじゃない?息しながらでもできるでしょ。
「辰伶……苦しくない?」
「っぷは!…はぁ……苦しかった。やはり物とは違い、人に所有の証を着けるというのは大変なことなのだな」
「…ぷっ」
「何がおかしい?」
「…別に。それよりちゃんとつけれた?」
「…恐らく」
まぁた真っ赤になって。辰伶って表情コロコロ代わって飽きないな。
自分で確かめたくても鏡なんて持ち合わせてるはずがない。早く見たいのに。さっさと屋敷に帰ろ。オレは今来た道を戻り始めた。
「おい、どこへ行く気だ?」
「帰ってちゃんとついてるか確かめるの」
「まっ、待て!まだ任務を遂行してないんだぞ!?」
うるさいな。そんなんどうだっていいじゃん。いま、大切なのはちゃんとついてるかってことなんだから。
辰伶の言葉無視してどんどん森の出口の方へ歩いてく。辰伶は任務続けるために歩いては来ない。これ、誰に与えられた任務だっけ?遠く離れた辰伶がなんか怒りながら叫んでるのが聞こえる。
「ケイコク!戻ってこい!ケイコク!!」
あ、名前…。久しぶりに名前呼んでもらえたのがすごく嬉しいなんて、辰伶には死んでも言わない。
きっともしかしたら顔に出てるかもしれないし、そのまま振り返らないで樹海をでた。
どんより暗い樹海と違って眩しいくらいに照り付ける日の下、もう辰伶の姿も声もどこにもない。
オレは立ち止まって首筋に触れた。さっきまで辰伶の唇があったトコ。
大嫌いだと思ってた。いなくなればいいって本気で思ってた。今までオレに与えられてきた苦痛は全部辰伶のせいだと思ってたから。
なのに、今は名前呼んでくれないだけで悲しくなる。オレのこと見てくれないだけでイライラする。
辰伶の中にいるのはオレだけでいい。吹雪も太白も狂でさえも、辰伶には必要ない。辰伶はオレの名前だけ呼んでればいい。オレだけ求めればいい。そのために【螢惑】をあげたんだから。壬生の鎖からは抜け出せれたけど、この鎖からは絶対逃さないよ。そう、永遠にお前を縛る【螢惑】という名の鎖。
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☆おまけ☆
数日後…
「辰伶」
「人の部屋に無断で入ってくるなと何回言えばわかる」
「…消えちゃった」
「…は?何が消えたというんだ」
「だから、辰伶にも付け直しに来た」
「人の話を聞け!」
「まず辰伶の直してあげる。目つぶって」
「??…よくわからんが、直してくれるとゆうのなら…」
辰伶目を閉じる。
……ちゅ。
「ぬぁっ////!螢惑!何する!?」
ちぅ〜〜〜
「けいっ…//////離せっ」
ちぅ〜〜〜〜〜〜
「螢惑…///はぁっ…。」
「出来た。あれ?辰伶、どうしたの?」
「…何でもない!!(腰が…////)」
「じゃあ次、辰伶が直して」
「!?オレもするのか!?」
「だって、印、消えてるでしょ?」
「っっ…ついてるぞ!はっきり、くっきり!」
「……嘘だったら死んだほうがいいってくらい、鳴かすよ?」
黒のオーラ発動。
「!!(ビクリ)」
「じゃあ確かめてくる」
「……待て」
「ん?」
「…悪かった。もう、ない…」
「じゃあ、はい。つけて(微笑)」
「……/////(くっ…もしかして、消えるたびに付け直しに来るのではないだろうな?)」
ちぅ〜〜〜…。