「よう、ほたる」
木陰で座ってる狂が酒瓶をひょいと差し出して来た。
「狂、今は辞めとく」
「あぁ?つまんねー野郎だ」
「ごめん、また今度ね」
今は辰伶探してるんだ。どこ行っちゃったんだろ?
キョロキョロしながら歩いてるとまた声かけられた。ボンに灯ちゃんにアキラだ。三人して円になって面白そうに笑ってる。
「「ほーたる、」」
「何してるの?」
「別に何もしてねぇよ」
「うん、お話してるだけだよね」
「あなたこそ何してるんですか?」
「辰伶探してる…知らない?」
「知るわけねぇって」
「そっか…わかった」
三人の元を足早に立ち去り、壬生の道場まで来た。
…ここにもいない。
「ほたるさん、何してるんですか?」
狂の女だ。一応聞いてみたけどやっぱり知らなかったみたい。
狂の女は「ごめんなさい」と言って狂の所へ走っていった。
あと辰伶がいそうなとこは…あ。ここ忘れてた。水舞台。うん、正解…辰伶の気配するし。
舞台の中央までくると辰伶の後ろ姿を見つけた。
「辰…」
「よ〜ぅ、ケ・イ・コ・ク」
いきなり肩に手が乗った。少しムッとしながら振り向くとゆんゆんがいた。不機嫌さがおもいっきり顔に出たかも。
「…なに、ゆんゆん」
「機嫌わりぃな〜。あと遊庵師匠と呼べ」
「オレもケイコクやめてほたるになったの」
「知るか」
「庵奈たちはほたるって言ってくれる」
「へ〜へ〜、わかりやしたよ。じゃあなケイコク」
「ほたるだって」
後ろ向きで手を振りながらゆんゆんはどっか行っちゃった。
何しにきたの?邪魔しないでよ。
やっと辰伶の側に来ることができた。うん、やっぱ落ち着く。
「辰伶」
「…ケイ、コク。どうした」
「用はないけど、探してた」
「なんだ、それは…ケイコク」
「ん?何?」
そのまま辰伶は黙ったまま喋らない。唇に軽くキスしてもいつものように怒鳴らない。今日は真っ赤になるだけ。
うん…こーゆーのもいいかも。
「その…ケイコク」
「ん?」
「あ、…その…何でもない」
「そ」
辰伶と背中合わせになる姿勢で座り込んだ。辰伶の背中あったかい。眠たくなってきた。うとうとしてた所でまた呼ばれて目が覚めた。
「ケイコク…ケイコク」
そろそろはっきりしてよ。
「辰伶…」
「な、なんだ」
そんな期待したような目で見られても、全く訳わからないよ。
「シンレイ…ウザい」
「…っ!もういい!悪かったな!」
大声で怒鳴って走ってまたどっか行っちゃった。
なんで怒るの?オレ、なにかした?辰伶が何も言わないからでしょ?名前呼ぶだけで……もしかして、甘えてたの?まさかね。じゃあ何なの?
いっぱい考えたけど全然わからなくて、考えすぎてイライラしてくる。
何で辰伶の事だとすぐこんなイラついたりするんだろ?…まあ、いいや、直接聞こう。
辰伶が走っていった後を追った。すれ違う人達は全力で走る俺の事を驚いたような目で見てくる。けどそんなことなんて何も気にならない。
今は辰伶でいっぱいだし。全力で前だけ向いて走ってたらいきなり何かに躓いて派手に転んだ。痛む頭を摩りながら何かと思って見てみると……縄?
「ぎゃはははは」
「ひっかかった〜」
「全くあなたもとんだマヌケですね」
ボンと灯ちゃんが大笑いしながら出てきた。アキラも少し楽しそう。
「痛い」
「あんなに派手に転べは痛いだろーな」
「あ〜、おかしかった」
「邪魔しないでよ。急いでるんだから」
「ほたるが?珍しいですね。どうしたのです?」
「辰伶探してる」
「まだ見つからないの?」
「…見つけたんだけど、逃げられた」
「辰伶ならさっき通ってったぜ。なんっかエレー怒ってたな」
「え?どっち行った?」
「確か正門のとこだっ…」
「ありがと」
ボンの話を最後で聞かないで走り出した。
正門?辰伶どっか行くの?…待ってよ、外の世界は俺が案内するって言ったじゃん。…ううん、置いていかれるのが嫌なだけ。
正門のとこまで来ても辰伶はいなかった。まさかもう行っちゃったの?なら俺も早く行かなくっちゃ。
正門から一歩踏み出したとき上から何か降ってきた。確か…真田幸村って…人?
「やぁ、ほたるさん。奇遇だね☆どこ行くの?」
「辰伶追い掛けてる。外行ったみたいだから」
「ん〜?ボクずっとここにいたけど誰も通らなかったよ?」
「ホント?」
じゃあ外には行ってないのかな?よかった。…でも、また手掛かりなくなっちゃった。どうしよ。
「お困りだね〜、そうだな…あの人の事はよくわかんないけど………………たまには一人になりたいときもあるんじゃない?」
わからないならほっといてよ。
また一から考え直すために水舞台に戻って来た。もしかしたら辰伶も戻ってきてるかも…って思ったし。でもハズレ。
さっきまで辰伶と居たところに腰を下ろして舞台から見える景色をぼんやりと見た。
水面はキラキラ光って空と同じくらいに蒼くて綺麗。いつかは辰伶もここで舞うんだ。早く見てみたい。きっとこの世の何よりも綺麗だと思うな。
…吹雪よりも………。直ぐさま立ち上がって駆け出した。もう迷うこともない。辰伶が絶対にいるところがわかったから。
敷地内の一番高い場所。ここには吹雪とひしぎと村正と先代紅の王のお墓が並んでたってる。あの戦いの後皆で造った。お墓っていっても誰も入ってないけど、せめて志だけでも共にいたい…という辰伶の一言がここのきつかけ。
階段を上がっていくと辰伶の頭が見えた。今度は正解。あれ?辰伶誰かと話してるみたい。吹雪のお墓に話してるのかな?身を潜めて耳をすませるとどこかで聞いた事ある声が聞こえて来た。
「…まぁ、吹雪もお前みたい弟子がいて幸せだったと思うぜ」
「…俺は、結局は吹雪様の…足枷でしかなかったのではないだろうか」
「そんなことねぇって、あいつだって言ってたゼ?【辰伶がいつかオレをも越える美しい舞を踊るのが楽しみ】だってな。…あいつはお前の事すっげえ大 切にしてたし、信頼もしてた。それはオレが保証する」
「…それでは信用できないな」
「あぁ?」
「…遊庵…ありがとう」
なにこれ。すごいいい雰囲気だし。二人で吹雪の墓の前で何話してるの。てゆーか、ゆんゆん何でこんなとこにいるの?辰伶に近付かないでよ。
いつ飛び出そうかタイミング見計らってると、「ケイコーク、殺気でバレバレ〜。早く出てこい」って呼ばれた。うそ、殺気出てた?ちょっとカッコワル…。
「ケイコクじゃなくてほたるだってば、ゆんゆん」
「お前もしつけぇなぁ」
「それより何で二人でいるの?」
「あ〜、オレだって大四老の一人だし…墓参りだよ」
「俺も…吹雪様の墓前に花でもと」
「…ふ〜ん」
「ま〜た殺気が漏れまくってるゼ。おっかねぇ奴。じゃあな辰伶、ケイコク」
「ほたるだって」
ゆんゆんの姿が見えなくなると辰伶との距離を縮めた。辰伶こっち向いてくれないし…吹雪のお墓見つめる目…なんか寂しそう…?
一呼吸おいて辰伶が振り向いた。その目はいつもみたく強い光が射してて…オレの見間違いだったのかな?
「ケイコク…」
「なに?」
「………」
また?なんなの?ちょっと仕掛けてみよう。
「辰伶さ今日変だよね…うん、ウザイ」
あ、ちょっと怒った?それでも言い返してこないの?オレ、いつもの辰伶がいい…やっぱ怒鳴ってくれなきゃ調子狂うよ。
「…一つ聞いていいか?お前の名前を教えてくれ」
「なに?いきなり」
「…いいから」
「ほたるだけど」
「……わかった」
なにがわかったの?ぽつりと呟いて辰伶はオレから視線を外して吹雪のお墓の前で屈んだ。なんか、凄く辰伶が弱々しく見える。
オレもその場から動けずそのまま立ってた。ここに来たときはまだ周り明るかったのに気がついたら日が沈んで暗くなってた。どれくらいいたのかわからないけど、結構な時間いたのは確か。
その間、辰伶は一度もこっち見てくれなかったし名前も呼んでくれなかった。そろそろお腹すいてきたよ。
「辰伶、帰ろうよ」
「…先に行ってくれ。私はもう少し吹雪様といたい」
「辰伶と一緒に帰りたい」
「俺の事は気にしないでくれ」
……ムッ。吹雪、吹雪ってもういないじゃん。
何で存在するオレとの時間より存在しない吹雪を優先するわけ?イライライライラして辰伶の腕を引っ張り上げて無理矢理キスした。
「ぁ!やめっ…っ」
どう?吹雪の前でこんな事される気分。もっとしてあげよっか?辰伶の服の中に手を滑り込ませた瞬間おもいっきり吹っ飛ばされた。涙目で睨まれても、色っぽくて我慢できなくなるとしか言いようがないよ。
「…っ!不埒な事を口にするな!馬鹿者!」
「…オレって正直だから」
口に出てたみたい。
「…はぁぁ…」
呆れたように大きなため息をつくと辰伶が歩き出した。
「どこ行くの?」
「帰るんだろ?お前の家は食事は揃って食べると聞いた。俺のせいで遅れては申し訳ないだろ」
俺は他なんてどうでもいいよ。辰伶がいればさ。多分ゆんゆん達もわかってるから先に食べてると思うし。
家までの道をゆっくり歩いた。俺は帰ればみんないるけど、辰伶は一人なんだよね?誰も迎えてくれないし、御飯も一人。五曜星になってからずっとそうだったんだよね?
「辰伶もご飯食べていけば?」
「…そうゆうことは前以て連絡しなければ迷惑がかかるだろう」
「庵奈達は気にしないと思うよ。それにいつもすごい量のご飯作ってるし。一人くらい増えたって平気」
「…しかし」
「もう決めた。ほら、行こ」
「…おいっ…」
辰伶の手を掴んで引っ張って歩く。まだ悩んでるみたいだけど、今日は炊き込みご飯だからきっと食べたくなるよ。
「……ぁ、ぁりがとう…」
耳を澄ましてなければ聞こえないような御礼の言葉。辰伶が御礼言うなんて珍し。
家についたらやっぱり大量のご飯が用意されてて、辰伶ちょっとびっくりしたみたい。大勢でご飯食べることに慣れてないのか辰伶は黙々と食べてた。でも少しだけいつもより雰囲気が柔らかく感じる。ホントは一人じゃないのが嬉しいんでしょ?
いつもの如く大量のご飯を全部食べて片付けたあと辰伶を見送るのに外に出た。
「見送りなどいらないと言ってるだろう」
「辰伶綺麗だから心配で」
「お前は俺を馬鹿にしてるのか?」
「違うよ…愛してるの」
「…付き合ってられん。じゃあな、朝、遅れるんじゃないぞ」
それだけ言って帰ってっちゃいそうな辰伶の手を引き止めた。ゆっくり腰に手を回して舌を絡め啄むような深いキスする。
「……お前は本当に節操がないな」
「おやすみのキスだよ」
「…馬鹿者」
あ、顔赤いよ。かわいいなぁ。辰伶の腰から手を離すと素っ気ないくらいに行っちゃった。まぁ明日もきっと起こしに来てくれるからいいけど。明日の朝はおはようのキスしてあげよ。
それにしても今日の昼はあれだけたくさん名前呼ばれたのに夜になってからは一回も呼ばれなかった。俺の気にしすぎかな?やっぱ名前呼んでくれなきゃ寂しい。
明日はいっぱい呼んでもらおう。それといっぱい呼んであげよう。好きな人が自分の名前呼ぶのって凄く嬉しいからね。うん、楽しみ。
「おやすみ、辰伶」
もう姿も見えない辰伶に向けて言ってから、俺は家の中へと戻っていった。