いつも大佐がしている事・・・

綺麗な女性と楽しそうに歩き、甘い言葉を囁き、手の甲にキスをする。

見慣れているはずだった。

諦めているはずだった。

だけど・・・いつの日かその手を差し伸べてくれることを夢見ていた。

 

 

 

 

「今日はここまでにしておこう。所用があるので私は先に失礼させてもらうよ」

 

ロイは、今日も定刻どおりの上がり・・・きっとこのあとデートなのだろう。

てきぱきとデスクの書類を片付けた後、コートを羽織ながら大佐は窓に映る自分の姿をチェックしている。

ハボックはその後姿を無意識に眺めながら考えに耽った。

 

今日はどんな人とデートなんだろ?

どこに行くんだろ?

どんなこと話すんだろ。

何を見るんだろ・・・

俺だって・・・大佐と・・・

 

「ハボック・・・ハボック!」

「あ!は、はいっ!何すか?」

「何・・・ではないだろう?今日は送って行ってはくれないのか?」

「そ・・・そうでしたね。すんません・・・行きましょうか」

 

仕事終わりのロイを送っていくのはハボックの仕事の一つ。

ハボックもロイと少しでも一緒にいられるから不満はない・・・むしろ、2人きりの時間がとても嬉しくて、一日の中で一番楽しみの時だ。

周りを軽く警戒しながらロイと車の中に乗り込む。

ブルル・・・とエンジン音を上げ、車がゆっくりと動き出す。

 

「今日はどこまでっすか?」

「大通りの映画館まで頼む」

「りょーかい」

 

2人きりの時間、一日の中での一番の楽しみ・・・といっても所詮上司と部下。

話すことは他愛もなく数少ない。

あっという間に目的地に到着し、軽く挨拶をしたあとロイは車から降り振り返りもせず歩いて行く・・・はずなのだが、今日は違った。

後部座席から身を乗り出し、少し申し訳なさそうな顔で、

 

「悪いが・・・2時間後もう一度ここまで迎えに来てはくれないだろうか?」

「別にいいですよ?珍しいっすね、大佐がデートの日に女性と夜を共にしないなんて」

 

苦笑いの大佐と、作り笑いのハボック。

ホントは嬉しくてしょうがない・・・しかし、それを知られてはいけない。

遠からず近からず・・・この距離間を保つ為には一歩たりとも前に出てはいけない。

約束を取り交わし、ロイは車から降り女性の待つ映画館の入り口に消えていった。

それを見送りハボックも車を発進させる。

土曜日の大通りには車が溢れ、冬の澄んだ空気の中ライトで幻想的な雰囲気を醸し出す。

ハボックはどこへ行くともなく車を運転した。

 

「二時間・・・どこで暇つぶそう」

 

車を運転する為酒は飲めない、家に帰るにも中途半端な時間過ぎる・・・ハボックは頭を悩ませ大通りを一本それた道のはずれにある小さな公園に車をとめた。

ここなら、映画館の光も見えているし少し休むには丁度いいだろう。

木に囲まれた小さな公園には寂れたブランコ、木で出来たベンチ、その隣にライトが立っているだけで人の気配は全くない。

ハボックは車のエンジンを止め、古びたベンチに寝転んだ。

暗く曇った空を見つめながら、ふぅ・・・と吐いたため息が白く染まり闇に消えていく。

 

「さすがに・・・寒いな。大佐は・・・」

 

いまごろあったかい館内で綺麗な女性とゆったり映画か・・・。

胸の中がきゅうっと締め付けられる感覚に全身が震える。

瞼を閉じて映るのは切ないくらいに鮮明な姿。

思い浮かべて溢れるのは痛いくらいのドス黒い感情。

気温の寒さは心までも冷たく凍らせて、闇の中にひっぱりこむ。

そんなことしか考えられないことにも嫌気がさす。

まだ、誰かここに居てくれたらこんな想いしなかっただろう。

 

このまま、大佐の傍から離れてしまえば・・・

 

薄れゆく意識の中でも思うことはただ一つ。

寒さもあまり感じないほど考え込み、仕事の疲れと心の疲れがピークに達したハボックはそのまま眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

「・・ック!ハボック!!」

「た・・・さ?・・・え!?大佐!!?」

 

激しくロイに揺すられ一気に覚醒する。

起きて初めて、自分に薄っすらと雪が積もっている事に気付いた。

厚めのコートを着ていて本当によかった・・・ハボックは自分の軽率さと馬鹿さ加減にうんざりとため息をつく。

いや、そんなことより大佐のことだ。

 

「大佐!なんでこんなトコにいるんですか?・・・まさか映画館から一人で来たんじゃ・・・」

「ああ、外に出てもお前が居なかったから・・・近くに居るだろうと思って辺りを歩いていたんだ。そしたら、ベンチに見覚えのある大男が横たわっているではないか・・・焦ったぞ」

「う・・・ごめんなさい・・・じゃなくて!一人で歩くなんて危ないじゃないっすか!!大佐はいつ後ろから刺されてもおかしくない人なんですよ!?待ってるとか、誰かに連絡するとか・・・色々あったでしょう!?」

「・・・す、スマン・・・いや、何で私が誤る必要がある!元はと言えばお前が時間通りに来なかったのが悪いのではないか!?」

「ぅぅ・・・」

 

確かに・・・ハボックは心の中で思った。

約束はしており、ちゃんと起きていて定刻に迎えに行けば何の問題もなかった。

結構重大な大佐の送迎役として、遅刻は許されない。

今回はたまたま何事もなく済んだので良かったが、次回は何があるか予想ができない。

自分の所為で大佐にもしものことがあったら・・・

黙り込んだまま下を向くハボックの肩をロイがポンと叩く。

 

「今度からは気をつけたまえ」

「・・・わかりました。明日からはファルマンかフュリーに頼んでください・・・」

「・・・なに?」

 

いつになく真剣そのもののハボック。

ロイはどうしてその結果になったのか全くわからない。

ハボックだって送迎役を辞めたい訳ではない、ただ自分の所為でロイが傷つくのが嫌なだけ。

この人が好きで、大切で、守りたいから。

何よりも楽しみだった2人きりの時間は今日でおしまい。

 

「今日の夜、ファルマンに頼んでおきます。行きましょう。風引きますよ」

 

呆けるロイを残し、歩き出すハボック。

ロイは混沌とした気持を整理しようと落ち着こうとする。

 

明日からハボックが迎えに来ない?

ファルマンでも問題はないが・・・何だ、この言いようのない気持の乱れようは。

ハボックはただの部下だ。

私にもそんな趣味はない・・・ノーマルだ。

だが・・・くっ!

 

「ま、待て!」

 

車に乗る寸前のハボックを引きとめたのはいいが、何を言えばいいのか言葉が出てこない。

伸ばした手が行き場なく宙を彷徨う。

車のドアを閉め、ハボックが不思議そうに引き返して来た。

 

「どうしたんすか?」

「・・・私は、女性が好きだ」

「・・・はぁ?何ですか今更。そんなこと重々承知っすよ」

 

真剣そうに俯くロイから出た言葉はあまりにも間抜けな言葉。

ロイの言葉の意図が全く分からず呆れ、笑いながらハボックが手をひらひらと上げる。

自分でも何が言いたいのかよく分からないロイは必死に頭を回転させ、思ったままに口に出す。

 

「・・・一度決めた事は何があっても、曲げないのが私の信念なのだ」

「そうっすか。いい事ですね〜」

 

またしても的外れ。

ハボックはポケットからタバコを取り出し、火をつけた。

あたかも、もうどうでもいいっすよ、と言っているばかりの態度に、だんだんと伝わらない事と、心のもやもやにイライラとしてくる。

ロイが頭をガシガシとかき乱し、舌打ちする姿は滅多に見られるものではない。

 

この、大ボケ少尉が・・・!!どうしたら、いいのだ・・・

くそ・・・何故、この私がここまで悩む必要がある?

たかが、部下一人のために・・・

 

「・・・お前が私の送迎役だと、決めているのだ。・・・だから・・・」

「・・・なんすか」

「お前以外が迎えに来るなんて、まっぴらだ」

「・・・っ!」

 

言った。・・・が、果たしてこの自分でも分からない思いはハボックにつたわったのだろうか。

衝撃は受けているようだが、その表情はいつもと変わりなく全く読めない。

ロイもこれ以上は何を言っていいのか分からず、言葉が出てこず後味の悪い沈黙だけが二人を包み込む。

その沈黙を破ったのはどこまでも続く漆黒の空から舞い落ちてきた真っ白な雪だった。

ハボックは音もなくただただ降り積もる雪空を見上げ、ふーっと白い息を吐く。

 

「あんた、ホントわがままっすね」

「・・・ぐ」

 

だけど、そのわがままがなんでか最高に嬉しい。

顔がにやけるのを抑えられず、くるりとロイに背をむけて顔を隠す。

今まで体験したことのないくらい心臓がドキドキしていて、落ち着こうとするが中々うまくいかない。

顔も熱く火照っていて、ロイに顔合わせができない。

ハボックはロイに背を向けたまま嬉しさを極力声に出さないように喋る。

 

「し、しかたないっすからそのわがままに付き合ってあげますよ」

「・・・あ・・・そうか。・・・頼む」

 

ハボックの返答に少し安心したようなロイの声。

その声、嬉しくて、大好きで、しょうがない。

 

それって少しは俺のこと想ってるってことっすか?

あんたの貴重な時間、女性と会うより、俺との時間が大切ってことっすか?

・・・自惚れてもいいんですか?

 

そのまま動きのない二人にうっすらと雪が積もっていく。

顔のニヤけが治らないハボックは動きたくても動けず、どんどん雪が積もり今まで感じなかった寒さが身にしみてきた。

 

「へ・・・っくしゅ!」

 

ハボックの間抜けなくしゃみが静かな公園に響く。

このままでは2人とも風邪をひいてしまう。

そう思いしびれを切らしたロイは行動を開始した。

 

「寒い・・・帰るぞ」

「え?・・・あ」

 

ぽつりと呟き、歩き出したロイはハボックの顔を見ないようにしながら追い越しざまにハボックの手を握りぐいぐいと引っ張った。

されるがままロイに引っ張られるハボックは突然の事に驚き、その手を振りほどくこともできずにロイに付いていく。

あれほど夢見ていたロイの手が自分と繋がっている・・・ハボックはその手をじっと見つめていた。

 

・・・あったかい。

大佐の手・・・永遠に叶わない願いだと思ってた。

あんたの手は女性のもので、俺なんかには差し伸べてくれないと・・・

でも、今こんな近くにある。

この手は俺なんかが握ってもいいんですか?

 

見つめた先にあるロイの手をキュッと握ってみる。

一瞬ロイが身じろいだ。

やっぱり・・・ハボックは握った手を離そうと力を緩めた・・・が、それを許さないかのように

ロイがハボックの手を強く握りしめる。

それで、確信した。

ハボックの心臓が一際大きく鼓動し、締め付けられるような感覚にどうしようもなく嬉しくて、なぜか少し切なくて。

先ほどの会話でロイはハボックに対する気持ちに自分自身でも気付いておらず、その本心を知っているのはハボックのみ。

相手はあの大佐だ。

どうやってアタックして気付かせればいいのか検討もつかない。

 

きっと、苦労するだろうな・・・俺なんかのこと気になってるって認めたくないと思うから。

でも今は、これだけでいいです。

手の甲にキスはしてくれなくても、耳元で甘い言葉を囁いてくれなくても、あんたと手を繋いだ時間は確かにあるから。

この手をつなぎとめる術は俺にはない。

けど、この手は確実に俺を求めている。

俺だって同じ気持ですよ。

あんた以上に求めて、想ってます。

あんた以上にその想いで苦しんできました。

だけど、あんたにそんな想いはさせません。

あんたが俺の手を離す時が来ても、俺はこの手を絶対離しません。

空を翔けてでも、海を渡ってでも、山を越えてでも・・・この温もりを絶対探し出してみせます。

それが夢見ていた頃の俺への誓いだから。