「灯ちゃん、あれ、何?」
「ん?どれさ?」
「あの女の人、何で全身真っ白の服着てるの?」
「ああ、あれは婚礼の儀だよ」
「こんれい?」
「あんた、そんなことも知らないのかい!?」
「知らない」
「・・・ったく、いいかい?婚礼の儀ってのは、男女が永遠の愛を誓って死ぬまで寄り添い、死しても心は共にいようってことを約束する…儀式っちゃあ重いが、そんなもんだよ」
「ふ〜ん」
「西洋のほうじゃプロポーズに指輪を贈るってのも聞いた事あるね」
「ぷろぽーず?」
「あなたを永遠に愛しますから、わたしと一緒にいてください・・・ってね、素敵だね〜。手術が成功すれば私も狂と・・・・・・」
「・・・?今のままでも、出来るんじゃないの?」
「ばっかねー、男同士や親族とできないのよー!」
狂達と別れて、壬生に帰って来てすぐ、辰伶の事が好きなんだって気付いた。
壬生を出る前は辰伶のこと、顔を合わせれば言い争いしてて、うるさくて、ウザくて、世間知らずで、バカで単純でむかつくやつとしか思ってなかったのに、会えなくなった途端心にぽっかり大きな穴が開いたみたいになった。
その穴は日に日に大きくなって、それに比例してどんどん辰伶に会いたいって思い始めたんだ。
今は言い争いはするけど、昔みたいには思わない。全てが愛おしいの一言で済まされるみたい。
オレも大人になったよね。
辰伶とそーゆー仲になるまでもすっごい頑張ったし。
毎夜必ず部屋に押しかけたり、暇なときは一緒にいるようにした、任務だって辰伶の言うことなら必ず遂行したし。
・・・他の人は知らないけど。とにかく頑張ってやっと辰伶に通じた。
最初は数え切れない吹っ飛ばされちゃったけど・・・ほら、オレって強いから全く平気だったし。
・・・・・・でも、後から手加減されてたこと知ったときはちょっとショックだった。
まぁ、そんなこともあったけど、今は凄く充実した生活送ってる。
そんなときにふと思い出したのが街で灯ちゃんと見た事だった。永遠の愛、死ぬまで寄り添う、婚礼の儀・・・。
そんなんがあるんだったらオレも辰伶としなくっちゃ。辰伶はずっとずっとオレのなんだし。
男同士や親族とはできないって灯ちゃん言ってたけど・・・辰伶キレイだし、女としても平気そうだからいっか。(よくない)
もう一つの親族問題は・・・・・・・・・う〜(悩)あ、そうだ。やめちゃえばいいんだ。
オレは手始めにゆんゆんを探し始めた。といっても大体検討はついてる、ゆんゆんの家の道場だと思う。
道場の扉を開けると真ん中で座禅組んでるゆんゆんの後ろ姿があった。
「なんだよ、螢惑」
「ゆんゆん、ちょっと頼みがあるの。一緒に来て?」
「あぁ?珍しいな、何だよ頼みって」
「兄貴になってほしい」
「・・・なんだそりゃ、まぁ別にいーけどよ」
「ありがと、じゃあ行こ」
「あ、おい!待てよ」
ゆんゆんの承諾は得た。後は辰伶を探して・・・辰伶の居場所も大体検討はつく。五曜星の執務室。
この頃辰伶は外の任務につくことが少なくなった。たいてい一日執務室に篭って何か難しそうなこと書いてる。
きっと影でもさもさが仕組んでるんだと思うけど。
そのせいで日に当たらなくなった辰伶の体は更に白味が増して凄く色っぽくなってきたし。
もうっ、目の毒だよ。
執務室に近づくと辰伶と歳子、歳世の気配がした。・・・なんでこの二人といるのさ。
扉開けようとしたら歳子が気になること話始めたから手、止めた。
「はぁぁ〜!こぉんな雑務ばっかでつまんないです!早くいい男見つけて寿退社したぁい!」
「五曜星にそのようなものはない」
「え〜!?結婚は女の永遠夢!寿退社は女の第二の人生の始まりなんですよ〜。あこがれ・・・ね、歳世ちゃん?」
「・・・私は(辰伶といられるなら)一生五曜星のままでもいい・・・」
「そうか!そこまでこの五曜のことをを・・・共に死ぬまで壬生の為、紅の王の為・・・使命を果たしてゆこうな!」
「(共に死ぬまで・・・じーん)ああ!頑張ろうな!」
「もぅ、相変わらず歳世ちゃんは真面目なんですから〜。行き遅れちゃったら辰伶がちゃーんと責任とって、幸せにしてあげてくださいよ?」
「さっ、歳子!」
「・・・何の話だ??」
「もういーです。歳世ちゃん、休憩行こ・・・・・・あ、螢惑」
一通り会話聞いてから部屋の扉を開けた。
歳子の言葉に辰伶が勢いよくオレの方に視線を向ける。その目が言ってる「何しに来た」「任務はどうした」って。
大丈夫。オレは今日非番(と思ってる)だよ。昨日誰からも任務言われなかったし。
ゆっくりと部屋に入って辰伶に近づく。歳子と歳世はいつの間にか部屋から出ていったみたい。
文机を挟んで向かいあう。座ってる辰伶を見下ろすカンジ・・・凄くいい。
二人きりなのを確認して辰伶がとげとげしく口を開いた。
「・・・今日は何の用だ?言っとくがオレは仕事中だ。お前に付き合ってる暇はない。用がないならさっさと帰れ」
酷い言い方。もしかして、この前仕事中に連れ出して抱いちゃったこと怒ってるの?
だってお前折角オレといるのに、もさもさと壬生の事しか話さないんだもん。ムカついちゃって。
不機嫌な辰伶を無視して、得意げに言ってやった。
「用ならあるよ」
「・・・何?」
「お、いたいた。お前どこ行くかも伝えずに先行くな。しかも行った方向ここと逆方向じゃねーかよ」
あ、忘れてた。
「ゆんゆん遅い・・・どこいってたの?」
「・・・・・・。よぅ、辰伶。わりぃな、邪魔しちまってよ」
「いえ、遊庵様。いつもの事です、お気になさらないで下さい」
むっ・・・オレとゆんゆんだと態度違いすぎるんじゃない?
不機嫌そうな顔してると辰伶に用件促された。
えーっと、まず、兄弟辞める話して、それから婚礼ってやつね・・・うん。
「しんれー、もう兄貴やらなくていーよ」
「・・・は?」
辰伶がそんな間抜け面するの初めて見た。
「これからはゆんゆんがオレの兄貴になったから」
「螢惑!なんでそぅなるんだ!?」
「え?だってゆんゆんだって兄貴になるのいいって言ったでしょ?」
「そりゃあ・・・言ったが、だからって何で辰伶を辞めさせるんだ?」
「だって・・・・・・」
「あら、遊庵様こんにちは〜」
「お、相変わらずいいカッコしてんなぁ」
歳子と歳世が戻って来た。
俺達の関係って秘密なんだっけ。もぅ、大事な事言いそびれちゃった。ま、夜にでも言えばいっか。
辰伶夜の方が素直だし・・・あ、お酒も持って行こうなか。辰伶があまりお酒呑むとこ見た事ないし。今日はおもいっきり酔わせてみようかな。
ゆんゆんと歳子はなんか楽しそうに会話してるし、オレは一人で悶々と今夜の事考えてたらいきなり辰伶が勢いよく立ち上がった。
力強く拳握り絞めて・・・なんか怒ってる?
「・・・よくわかった。不甲斐ない兄貴で悪かったな。もう貴様など弟でもなんでもないわ!!」
そう叫んで部屋からどたどたと出ていっちゃった。取り残された俺達はあまりの辰伶の剣幕に呆気に取られてた。
何に怒ってるのかよく分からないけど・・・辰伶の承諾も得た。
後はぷろぽーずってやつだ。あ、指輪も用意しなくちゃいけないんだよね?・・・指輪ってどこにあるの??取りあえず城下町でも歩いてみようかな。
珍しく真剣に考えてるところでゆんゆんが心配そうな声で話しかけて来た。
「・・・おい、辰伶追い掛けなくてもいいのかよ・・・?しらねーぞ」
「オレ、やらなきゃいけないことあるから。じゃあね、兄貴」
「あにっ・・・・・・(はぁ、アホだこいつ)」
賑わう城下町をぶらぶらと歩いて、何軒か店にも入った。指輪少しあるんだけど中々気に入ったやつがない。
もう結構歩いてるから疲れたし、帰ろうかとも思ったけど・・・辰伶の驚く顔と嬉しそうな顔が見たいから頑張った。
大通りの店は入り尽くしたし、次は裏通り行ってみようかな。
・・・・・・・・・壬生の町って複雑過ぎ。何処だよ、ここ?そういえば、オレあんまり町歩いたことなかったっけ。・・・まぁ、いいや、なんかあるかもしれないし。
オレは思うまま足を進めた。あれからふらふらとさ迷ってたら日も傾いて朱い夕日が壬生を包み始めた。
今日はもう諦めようかな・・・そう思ったとき一軒の店が目に入った。古ぼけた家屋に壷や食器、灯籠に絵・・・いろんなものが置いてあって、普通なら素通りするような店なのに何かが気になってその店の扉に手をかけた。
無造作にいろんなものが置いてあって、中には埃が溜まってるのもいっぱいある。店の真ん中くらいには机が置いてあって、そこには筆や墨、かんざしやら装飾品が無造作に散らばってた。
そこで、見つけた。辰伶のイメージにぴったりの指輪・・・透き通るような蒼い石に、繊細で、だけどしっかりとした、流れる水みたいな銀の輪がついてる。うん、これがいい。きっと喜んでくれる。
その指輪のお勘定しようと木の古びた椅子に腰掛けて居眠りしてる人に話しかけた。
「おじーちゃん、コレちょーだい」
「・・・・・・・・・」
「ねーねー、じぃちゃん」
「・・・・・・・・・」
「・・・死んでるのかな?」
オレは反応一つないおじいちゃんに近づいた。肩に手かけようとした瞬間、おじいちゃんの目がカッと開かれて・・・ちょっとビビった。
ごきごきと肩を鳴らした後、眼鏡の奥の褪せた茶色の瞳がオレを捕らえる。
「何じゃ、お前さんは。人を勝手に殺しおって。わしゃまだぴんぴんしとるわ」
「うん、そうみたいだね。それより、コレちょーだい」
おじぃちゃんの前にある控えめな装飾が施されている円卓に指輪を置いた。おじいちゃんは指輪を手にとって見ると少し驚いて、それから何かを懐かしむ顔をして、円卓に戻した。
そーいえば、オレ金額見てなかったな・・・手持ちはあるけど・・・足りるかな?五曜星って給料安いんだよ。
「お前さんはなかなか見る目がある…しかし、これはすこぉしばかり値がはるぞ」
「・・・いくら?」
「そうさな・・・これは昔、あるお人が凄く気に入って、いつか貰い受けると言ってある品・・・もう覚えとらんかもしれんが・・・・・・20万じゃの」
・・・全く足りない。まだ来ないってことは忘れてるんだと思うし、もっと安くしてくれたって・・・。
それにオレはこれが気に入ったから絶対辰伶にあげるんだ!
おもいっきり不満そうな顔作って、威圧するようにおじいちゃんを上から睨みつけた。
「高い・・・」
「出せんのなら諦めるんじゃな」
「イヤだ・・・これじゃないとダメ」
「なら金を持ってくるんじゃな」
「そんな大金ないもん。だから安くして」
「金がないならムリじゃな」
全く通じない。結構強く出てるのに、さっきからずっとこれの繰り返し・・・。
いい加減ムカついてきたから燃やしちゃっていいかな?
「・・・このがんこじじぃ」
「なんじゃと!まだまだ若いもんには負けんぞぃ!?」
「これだってオレに貰われるほうがいいって思ってるよ」
「そんなはずあるか、ちょっと貸してみろ」
おじぃちゃんは手にとった指輪をじっと見つめた。そんなんで何がわかるのさ。
「・・・む・・・」
おじいちゃんの片眉がピクリと動いた。
優しい手つきで指輪を小さな小箱にしまい、それがオレの前に差し出される。白っぽい木で出来た小箱には凄く細かい彫刻が彫ってあってこれだけでも価値があるものだってわかった。
だけど、なに?どーゆーこと?
オレが首を傾げて小箱を見ているとおじいちゃんがさっきとは違う優しい声で話しかけて来た。
「・・・確かに、こいつはお前さんが気に入ったようじゃ。持っていけ、大切にするんじゃぞ」
「・・・いーの?オレお金あんまりないよ?」
「金はいらん」
おじーちゃんがきっぱりと言った。
ますますどーゆーこと?
おじいちゃんはオレの目を射るように見つめ、静かに口を開いた。
「この店は本当に欲しいと思うものが揃う店・・・品物とそれを欲するものの気があえば金はとらん。・・・まぁ、滅多にないことじゃがな」
「お金・・・払わなくていいの?」
「そうじゃ」
「よかった・・・ありがとう」
小箱を手にとりぺこりと頭を下げる。
頭を上げて小箱を撫でた。苦労したけどいいもの見つかってよかった。
それにしても、なんでおじーちゃん指輪の気持ちなんてわかったんだろ?不思議。
あ、早く辰伶のとこ行かなくちゃ。
店にはいったときと同じ態勢で眠りにつこうとしてるおじーちゃんに背を向けた。
お年寄りっていつも眠たいのかな?
店を出る一歩手前で思い止まったように振り返って、おじーちゃんに話しかけた。目、閉じてるけど起きてるよね?
「また、来ていい?」
「・・・わしは手土産の一つも持ってこんやつはお断りじゃ」
「うん、覚えてたら持ってくる」
「忘れるでないぞ」
おじーちゃんにばいばいして店から出た。
辺りはもう暗くて、家家には薄いオレンジ色の光が燈ってる。
走るのにもちょっと疲れて一休みしてると、前から手を繋いだ親子が仲よさ気に歩いてくるのが見えた。
女の子はしっかりと母親の手を握って楽しそうに笑い、母親も幸せそうに微笑む。
オレが経験したことない、ごく普通の構図。
親子がオレの横を通りすぎ、その後ろ姿を見ていると、何故か息が詰まって、苦しくなった。心の臓がきゅうって掴まれるカンジ。
別に母親が恋しくなったわけじゃない・・・ただ辰伶に会いたくなっただけ。・・・早く辰伶のとこに行きたい一心で町を勘で走った。
「辰伶、いる?」
辰伶への思いでなんとか部屋にたどり着いたんだけど・・・明かりもついてないし気配もない。
部屋の鍵も閉まってるし・・・どこいったの?
扉の前でしゃがんで待っていると大四老の・・・いつも吹雪と一緒にいる髪の毛一部分だけ白い人・・・ひしぎだっけ?がいつの間にか目の前にいた。
・・・なんの気配もなかったんだけど・・・。それにこの人、暗闇と同じくらい暗い人だよね。
「何をしているのです、辰伶ならここにはいませんよ」
「知ってるよ。だから待ってるの」
「そうですか・・・・・・あの調子だとまだ帰っては来ないと思いますよ」
「・・・・・・何で知ってるの?」
辰伶のこと口にしたときからだけど・・・なんかムカつく。
だって絶対オレのほうが辰伶と仲いいのに・・・オレの知らない辰伶を何で知ってるのさ。
こんなの我が儘だってわかってる。
辰伶の全てを知ることなんて出来ない・・・それでもこの世で1番辰伶を分かってるのはオレでいたい。
好きな人なら当たり前のことでしょ?
ひしぎを怪訝そうに見上げてもう一度同じ質問をした。
「ねぇ、何で辰伶のこと知ってるの?」
「・・・一刻程前、吹雪の部屋に来たのですよ。思い詰めていたようでしたし、私は席を外したんですが・・・今行ってみたらまだ話すら始まってませんでした・・・」
ひしぎはふぅってため息ついて目を伏せた。
呆れてるって感じがしたけど、嫌ってるってわけじゃなくて・・・どこか愛しさも含まれてるカンジ。
誰だってそう。口や態度では辰伶のことひどく当たっててもホントは誰も嫌ってたり疎んでなんかいない。
それが辰伶のいいとこでもあるんだけど・・・どうせなら誰も辰伶のこと興味なくなればいいのに。
そしたら辰伶はオレだけのものになるんだから。
そういえば、早く辰伶に指輪渡さなくっちゃ。
「ねぇ、吹雪の部屋ってどこ?」
ゆうに1時間は越えている。
だが、その間なんの会話らしい会話もなくただ時間だけが過ぎていく。
部屋の上座に楽な姿勢で座る吹雪の視線の先には、背筋をしゃんと延ばし正座をする辰伶の姿。
しかし、辰伶は視線を落しており吹雪と目を合わせることはなかった。
ひしぎと壬生について話し合っていたとき神妙な面持ちの辰伶が尋ねてき、話し合いの最中だと察知し一度は引き換えそうとしたが、ひしぎの計らいで今こうしているのだ。
いつもは光の篭ったまっすぐな目で前を見ているのだが・・・こういうときの辰伶は下手に聞き出すよりも自ら口を開くのを待つのが得策だな・・・と長年の師匠経験が語っている。
原因は大体予想がついているのだが・・・辰伶から視線を外さずただ待つ。ふと、辰伶の視線が吹雪を捕らえた。
「吹雪様・・・兄弟とはどういったものなのでしょう」
「・・・螢惑か?」
「・・・・・・はい」
・・・やはりな・・・つまらん。
吹雪にとってかわいい愛弟子が他の男のことを話すのは大いに面白くない。
正直、螢惑の話題なんてどーでもいい。だが、師匠としての威厳と辰伶からの尊敬を保つ為に吹雪は堂とした態度をとった。
「オレには兄弟というものはおらぬが・・・この世で血の繋がりほど深い絆は無いのではないか?」
「・・・その血の繋がりというのは・・・そんな簡単に断ち切れるものなのでしょうか?」
・・・そんなことを言ったのか、あの阿呆は・・・。辰伶をこんなに悩ませおって。
辰伶は拳を強く握り、今にも泣き出しそうなのを我慢しているようだ。それでも凛と前を向く。
可愛い可愛い可愛い辰伶が必死に堪えている姿を心を鬼にして眺める吹雪。今にも抱きしめるために手を延ばしてしまいそうになる。
くっ・・・許せ、辰伶・・・オレも辛いのだ。しかし、どうしたものか・・・。
辰伶を悩ませるものは解決してやりたい、だがしかし!このまま螢惑とはい、仲直りとゆうのもおもしろくない。
辰伶に気付かれないようそっとため息をつく。
そして吹雪は心を決めた。
獅子は子を谷から突き落とし、強く育てていくという。それに習い、わざと曖昧な答えを言おう、これも修業だ・・・と。
辰伶の前まで歩み寄り視線の高さを揃える。
一言も聞き逃さぬよう辰伶は張り詰めていた気を更に強めた。
「・・・辰伶、血の繋がりは決して消えることはない。螢惑がどうゆうつもりで言ったのかはわからぬが・・・要はお前がどうしたいかだ。兄として接するか、一人の男として接するか」
「・・・私は・・・兄として、螢惑との絆を無くしたくはありません」
「それでは、それを螢惑に言えばよい」
「・・・・・・・・・・・・」
「怖いか?」
「・・・・・・はい。」
口では好きとか愛してるとか言っていても、本当の心では嫌われているかもしれない・・・だからひとつひとつの関係を断ち切って行ってるのではないだろうか・・・辰伶にはそう思えて仕方がない。
螢惑は辰伶のせいで幼い頃から酷い扱いをうけてきた。
命を狙われ、母親を殺され・・・偏に言ってしまえばそれは辰伶の障害を無くす為。
知らなかったとはいえ、自分の存在が螢惑を苦しめてきた。
辰伶はそのことに大きな罪悪感を感じている。
許されるのならば何でもしよう。その為ならばこの命すら惜しくない。
自分は螢惑に憎まれていて当然だと思ってた。
だから・・・螢惑に好きだと告げられた時は凄く驚いた。最初は罪滅ぼしの為に付き合っていたのかもしれない。
こんなオレでよければ螢惑の気が済むまで好きにさせてやろうと・・・。
しかし、いつからか螢惑に名前を呼ばれたり、触れられたりすることを望む自分がいた。
手を握るだけじゃ物足りない、抱きしめてほしい。
軽いくちづけじゃ満足出来ない、噛み付かれるように求めてほしい。
ただ一緒に寝るだけじゃ寂しい、溶けるほど愛し合って一つになりたい。
兄と弟という血の繋がりが浚に深い愛情を生み、背徳感が快感に変わる。
こんな浅ましい思いを抱いたまま螢惑と離れらるはずない。
「・・・人の心ほど伝わりにくいものは無い・・・それを伝えるのは言葉だ」
「・・・はい」
辰伶がこくりと頷く。
部屋を出ようと立ち上がったとき誰かが廊下を走る音が聞こえて来た。
その音は一旦吹雪の部屋を通りすぎ聞こえなくなり、吹雪と辰伶が不思議そうに障子を見ているとまた走る音が聞こえてきて、部屋の前で止まった。
バシンッと開かれた障子の向こうには、少しだけ息を切らした螢惑の姿。
辰伶と吹雪を交互に睨みつけ、辰伶の瞳が潤んでいることに気がつくと、殺気を込めた眼差しを吹雪に向けた。
吹雪もそれに応じ、螢惑と向かい合う。
「辰伶に何したの?」
「・・・何もしておらん」
「嘘。じゃあ何で辰伶泣いてるの?」
「なっ・・・誰が泣くか!」
危険な雰囲気を察知した辰伶は二人の間に割って入り、どうにかこの一触即発の場を納めることに成功した。
辰伶は螢惑を押しのけ吹雪に膝をつく。
「無礼な振る舞い申し訳ありません。・・・お前も謝れ!」
「何でオレが謝るのさ」
「いいから!」
「む〜・・・ごめん」
誠意も真心も篭ってなく、あるのは面倒いという思いだけの謝罪。
螢惑はこの対応に大いに不満だ。
むかつく・・・はっ!もしかして辰伶はオレより吹雪と・・・・・・・・・・・・そんなのダメ!許さない!
未だ肩膝をついた姿勢の辰伶の手を掴み力強く引っ張り、あろうことか吹雪の目の前で辰伶の唇を奪った。
「「!!!!!」」
吹雪も辰伶もいきなりのことで思考が追い付かず呆然としている。
その反応に満足した螢惑はゆっくりと辰伶の束縛を離し、どう?辰伶はオレの。といった優越感溢れる笑みを浮かべた。
だが次の瞬間には辰伶の放った水龍によって、頭に歯形をつけられ、全身びしょびしょという螢惑にとっては最悪の常態にされてしまう。
水の滴る髪をかき揚げ、不満げに睨みつけようとしたが、それより先に辰伶は吹雪の部屋から走り去ってしまった。
「あ、待ってよ」
螢惑もすぐ後を追い、部屋には水溜まりと吹雪だけが残された。
先ほどの衝撃のシーンが頭から離れず、ただ呆然と立ち尽くしていたところに赤い八巻を靡かせた男が通り掛かった。
「よう、吹雪。なぁにしてんだ?おぉっ、水じゃねえか!何してんだよ」
「螢惑に、水を…接吻が…辰伶……辰伶…!」
「はぁ?訳わかんねぇ…(やべぇ、吹雪がおかしくなった)」
いくら呼んでも振り向きもせず自室に向かって全力で走る辰伶。
部屋に入られてしまえば結界を張られ、辰伶との力の大差があまりない螢惑ではそれを破ることができず締め出しをくらってしまう。
それは困る…と螢惑は走る辰伶の足元に細かい火の粉を巻き動きを止めようとした。
こんなんじゃすぐ避けられると思うけど…しないよりはマシだよね。
辰伶はいきなり湧いた火の粉に驚きながらも避けようと高めに飛び上がった。
そのおかげで辰伶との距離は縮まり、この隙に一気に捕まえようと思った螢惑がスピードを上げようとした真ん前で…着地に失敗した辰伶がベシャッと音をたてて倒れ込んだ。
これには螢惑も驚いた。
「「………」」
螢惑は俯せの状態のまま立ち上がろうとしない辰伶の前に回り込んでしゃがんで手を差し出した。
「…大丈夫?」
それでも反応は反ってこない。珍しい辰伶の態度に微かな笑みが浮かんでくる。
笑われてるってわかったら余計怒るかな?と心ではわかっていても顔を戻すことができない。
辰伶に差し出していた手を月明かりに栄える銀の髪に絡ませて、くちづけた。さらりと指の間から流れる銀糸にしていると辰伶が小さな声で呟いた。
「キサマなど…もう知らん。オレに近づくな」
「…やだよ。何でそんなことゆーの」
「お前は……」
これ以上の話は廊下でするのは危険だと判断した辰伶はむくりと起き上がり、螢惑を部屋に招き入れた。
施錠し、窓という窓を全て閉める。綺麗な月が見える出窓だけは螢惑によってすぐ開けられたが。出窓に飾られている花を指先で遊びならが螢惑が問う。
「…で、オレが何?」
「…もうオレとは何の関係もないはず…むやみやたらとオレの廻りをうろうろするな」
「なんで関係ないんだよ?」
螢惑の指がぴくりと止まる。不機嫌さを表わにした声に辰伶がぐっとつまった。
それでも、吹雪は言葉にしなければ伝わらないと言った。
「……先に切ったのはお前の方だ。オレに愛想が尽きたのだろ…嫌になったのだろう!?だから…兄弟という関係を切ったんじゃないのか!?」
「え?」
「…オレはそんなの…嫌だ」
俯く辰伶を慰めるように両手を握って、頬に軽く口づけた。辰伶の大きな瞳が浚に開かれる。
自分が写る辰伶の瞳を見ながら優しく言った。
「キライじゃないよ。今でも大好きなんだけど」
「…でも、お前」
「オレが辰伶と兄弟辞めたいって言ったのは、結婚できないからだよ」
「…誰と?」
「今までの会話でわかんないの?」
「…!オレ…か!?」
今度は唇に優しく口づける。
「灯ちゃんか兄弟はできないってゆーからさ、辰伶はこれから兄貴じゃなくてオレのお嫁さん。はい、これ」
懐からおじーちゃんに貰った指輪を取り出す。箱から取り出すと辰伶の薬指に嵌めた。
離す前に手の甲に唇をつけたままうっとりと呟く。
「ぴったり。しんれーすごくキレイ…」
「…これは」
不思議そうに自らの薬指にある指輪を眺める。左手を近づけたり遠ざけたり、いろんな角度で見てみたり。その仕種と表情が子供っぽくて可愛い。
「西洋の方では一生愛を誓った相手にこれあげるんだって」
「…だが、これ…凄く綺麗だが…高級そうだぞ…」
「……辰伶はむーどって知らないの?」
オレ、今、すっごい大事なこと言ったのに、値段の心配?と螢惑は頬を膨らます。
だが、一体いくらしたのだろう…螢惑はそれほど持っていたのか?まかさ…盗んで来たのではないだろうな!?五曜星ともあろう者が…まさかな。辰伶の頭の中はそんな考えで一杯だった。
螢惑の眉が吊り上がり不機嫌オーライが放出されたころ、それに気がついた辰伶は、螢惑の顔を両手で包み込み額をくっつけた。
「すまない…お前がそこまでしてくれたこと、凄く嬉しい。………だが、オレは…お前と婚儀はあげられない」
「辰伶はオレとずっといたくないんだ…?」
「違う!叶うことならば、いたい…。婚儀をしなくともお前がオレを必要としないかぎり…ずっと一緒にはいられるだろ?」
「オレはずっとお前が必要だから言ってるんだ。…じゃあ、辰伶はオレのお嫁さんになるの嫌なんだ」
自然と強い口調になってく。オレの中は辰伶に否定されたって気持ちで一杯になって、手に入らないなら壊してしまおうか…って考えまで浮かんできた。
キツイ言葉と暗い表情に不安になったのか、オレの顔から手を離し一歩距離を空けて視線を泳がせてる。辰伶が意を決して本心を伝える恥ずかしさを隠すように大きな声で言った。
「オレはっ…!お前の兄…で、いたいのだ!兄弟という絆…断ちたくはないっ…!!」
「…辰…伶」
「いつまでも…お前にはオレの弟でいて…ほしいんだ…」
どうしよ、辰伶泣きそう?結婚できないのは嫌だけど、辰伶悲しませるのはもっと嫌。
それに、辰伶言ってくれたし、結婚できなくてもずっと一緒だって。
それなら、いいや。一緒ならどっちでもいいや。
辰伶をぎゅって抱きしめて肩に頭を預ける体制になった。
「…わかった。辰伶が兄やりたいんだったら、オレの兄でいていーよ」
「…螢…ありがとう」
そっと辰伶の手がオレの背中を包み込む。触れられた箇所からじんわり伝わる体温。辰伶は暖かくて、いい匂い。
ずっとずっと守ってあげるから。オレから離れて行かないでね。
静かな時間が流れた。
しばらく抱き合ってて、辰伶も落ち着いてきたし…このまま褥に持ち込めるかな…って思ったんだけど、はっとしたように辰伶が離れてった。
何するのかなって眺めてたら左手の指輪を外して、オレが入れてきた桐の箱にそっと戻しちゃった。
「お前には申し訳ないが、これは戻してこい…?」
「えー、べつにいーよ。それタダだったし」
「…タダ?まさか、お前金払ってないのか?」
「うん」
「やはり、強奪品か!?」
「え」
辰伶が信じられないって顔でこっち見てる。
何か勘違いしてる?
凄く真剣に考え込んで、「何処から盗ってきたんだ?」だって。
オレそんなことしないし、辰伶に盗品あげるわけないじゃん。
簡単に貰い物だって説明したらホッとしたあと、今度は元気なくなって「お前は人からの貰い物をオレにくれたのか」だって。
あぁ、もう、辰伶の馬鹿。
「貰い物だけど、そうじゃなくて……ちゃんとお前の為に探して…………今度お前連れていきたい店あるの」
「…そうか、盗品ではないのならそれでいい」
「…お前のなんだから、つけてよ?婚儀とか関係なく、贈り物ってことにしとくから」
「…あぁ、ありがとう…」
辰伶はまた指輪を箱から出して、微笑みながら左手の薬指にはめてくれた。
ホントはね、この血は断つことができない絆って知ってる。
でも、それよりもっと綺麗な絆が欲しかったんだ。
こんな戦いしか生まなかった暗い血の絆よりも、婚儀っていう絆のほうがずっと純粋で信じられると思ったから。
でも、お前は違ったみたい。辰伶がそっちがいいって言うんなら…綺麗すぎる辰伶にはちょっと汚れた絆のほうがいいかもね。
2007/10/17