「吹雪様!空から何か降ってきました!…冷たいっ」
「…?あぁ、それは雪だ。久しいな…もう数十年ぶりか」
「ゆき?」
「辰伶は雪を見るのは初めてか」
「はい。ゆき…なんて白くて綺麗なのでしょう」
「雪は天からの吉報と言われている。雪が降った次年は豊富な作物、良き事に恵まれると…。だが、年々雪は降らなくなってきている…」
「そんな…こんなに綺麗なのに…。決めました!この辰伶、吹雪様と共にゆきと壬生一族を一生お守りしていきます」
「そうか…頼りにしているぞ」
「はいっ!!」
降り積もるのはあの日の信念か。
降り積もるのはあの日の想いか。
そして、溶けきらぬは後悔の念。
あの日以来、オレは雪を見ていない。どんなに冷えた夜でも、空は澄んだ黒色で覆われ…白く染まることはなかった。
オレは今日も吐く息は白く変わり、刺すような寒波の中で空を見上げている。
空に手を延ばせば掴めそうな星の光。
この空も好きだが…今は静かに降り積もり、全てを白く変える雪が見たい。
あの日の誓いが心に蘇る。
供に壬生を守ると言った人はもういない。
だが、オレは一人でも守って見せる。
だから…こんな弱気な夜には誓いの元の雪が見たいのだ。
白く優しい雪は尊敬するあの御方を思い出させ、力をくれるから。
「…情けないな…」
ポツリと一人ごちる。その言葉は暗闇に吸い込まれ消えて行く…はずだった。
「全くですね」
「…っ、誰だ?」
予想に反して返された言葉と現れた姿に驚いた。
四聖天、盲目の剣士アキラ。
「何故、ここに?オレに何か用か?」
「あなたに用なんてありませんよ。私はただ散歩をしていただけです。そこにあなたがいた…それだけです」
いつもの憎たらしい笑みを浮かべて、口元に指を当てた。
いちいちイヤミな言い方しかしないやつだ。
螢惑はこいつとオレが似ていると言ったが…間違いも甚だしい。
少しの苛立ちを感じながらもアキラに背を向け、再び空に視線を戻す。
だが、すぐに立ち去るであろうと思っていた男はオレの斜め後ろから動かず、同じように星空を見上げている。
「……?なんだ」
「用はないと言っているじゃないですか。私はいつもここで空を見上げるのが日課なのです」
「……そうか。邪魔したな」
オレは立ち上がりこの場を離れようと歩き出した。が、ふと思った。
この男は確か螢惑よりも幼かったはず…。
この寒さの中で長時間立っていては風邪をひいてしまうのではないだろうか。
螢惑との事もあり、どうやらオレは年下をみると兄貴面してしまうクセがついてしまったようだ。
振り返り、男にしては小柄な背に声をかけた。
「今宵は特に冷える。風邪をひかぬうちに帰ることだな」
その言葉に少し驚いたような顔でアキラは振り返った。
当たり前だろう…以前は敵同士の関係であり、その戦いが終わっても余り交流はない。
そんな男からそんな言葉をかけられるとは思ってもみなかっただろう。
「…その言葉…そっくりそのままお返ししますよ。忘れたんですか?氷を使う私にとってはこんなの寒さのうちには入りません。人の心配より自分の心配をしたらどうです?」
「…オレだってこのくらいなんともない!」
心配して損した!
虚勢を張ってみたものの実は寒い。
もう、早く帰って温まろうと思ったとき、ある考えが頭を過ぎった。
アキラは氷を扱うと言った。
ならば、雪を降らせることも出来るのではないだろうか?
本物でなくとも、志の支えにはなるだろう。
だが、この男が簡単に聞き入れてくれるだろうか…?
「…氷を扱えるのならば、雪も降らせることも出来るのか?」
「何です、いきなり?そんなの簡単ですよ」
「…頼みがある」
オレの余りにも真剣さを感じ取ったのか、何も言わす耳を傾けてくれた。
「…雪を、降らせてはくれないだろうか?」
「雪…ですか。何故?それをして、一体私に何の見返があるのです?」
「…崩れそうな誓いがある。雪を見れば、その白さが支えになってくれる。見返は…オレに出来ることならば何でもしよう」
嘘偽りなく、全てを話した。この男には嘘が通じない…というかオレは嘘はつけん体質みたいだからな。
オレに背を向けて考えこんでいたアキラが振り返った。
「いいでしょう…」
そう呟いてアキラは空に片手をかざす。
オレは心に期待を持たせ、空を凝視した。
しばらくすると、無数に輝く星達の間から何か白い粒が見えた。
それは、あっと言う間に俺達を包み込みひらひらと舞い踊る。白くて綺麗で柔らかい。
あの日見た雪と同じ様に頬に触れてはすぅ…と溶けていく。
昔、この白さに誓った想いが満たされていくのがわかる。
大丈夫…まだ、がんばれる…そう、心で強く呟いた。
一呼吸おいて、アキラを正面から見据えた。
「…この雪、感謝する…。さあ、何が望みだ?」
少しの間をあけて、躊躇いがちにアキラが口を開いた。
「……また、こうゆう風に…一緒に空を見て下さい…」
その言葉に今度はオレが驚かされた。嫌いな奴と一緒に空を見て楽しいものなのだろうか?
…オレは嫌だがな。
もしかしたら、計らずとも先ほど兄貴面をしてしまったせいでこの男「兄」が欲しくなったのか?
そうだとしたら……かわいいとこもあるではないか。
まぁ、この男が何故そう言ったのかはわからないが…約束は約束だ。
「いいだろう。……その時はまた、雪を降らせくれないだろうか?」
「…では…雪が降ったらまた…ここに来て下さい」
「ああ、わかった…ではな」
未だ降り続ける雪の中オレはアキラに背を向けて、うっすらと地面に積もった雪を踏み締める感触を楽しみながら歩き出した。
突然、後ろから微かに聞こえた「絶対ですよ」という言葉に振り返ったときアキラの姿は、今まで降り続いていた雪と共に消え去っていた。
空は何事もなかったように静かで、星の光で満たされている。
本当に今まで雪が降っていたのだろうかと疑いたくなるほどに…。
しかし、ここには確かにある。守るべき雪に白く染められた守るべき所。オレに信念を与え、忠義を信じることを教えて下さった人が守りたかった所。
貴方は守れませんでしたが…ここは必ずオレが守ってみせます。
この身朽ち果てようとも、信念はいつまでも変わらずこの地とともに…。
いつまでも貴方とともに…。
アキラのイヤミさがイマイチ出てない・・・。
どうも桜城のなかではどの小説も吹辰が前提っぽい気がします(汗
2007/11/9