部活が予定より早く終わり、神と信長はいつものとおり、いつもの道を通り、
いつもの蝉の声を聞きながら、帰宅の途についていた。
ただ、いつもと違うこと。信長の様子がおかしい。
何かを言いたげにチラッと神の方を見てはまた下を向いて少し後ろをついてくる。
神もそれに気づいていたが、あえて聞かない。
信長自身が話してくれるのを待っているのだ。
何を考え込んでいるのかな?と思っていると信長は少し控えめに話しかけてきた。

 「・・・神さん、俺アルバイトすることにしたッス」

少し前を歩いていた神に駆け寄り信長はそう告げた。
その目は緊張に満ち溢れていた。そして、神から目をそらし下を向いた。

 「バイト?何の?」
 「友達のバイト先のレストランッス」 

下を向いたままぼそぼそと申し訳なさそうに話す信長に不思議に思った。
いつもの信長の態度とはまったく正反対の態度。背中を丸め、ズボンをぎゅっと
握り締めて。その手はかすかに震えていた。

 「ずっとそれが言いたかったの?」
 「そうッス・・・」

激しい蝉の声にかき消されそうな小さな声で答えた。

 「それだけのことに何でそんなに緊張してるの?」

ピクッと信長の肩が揺れた。少しの間をおいて信長の口が開いた。

 「だって・・・バイトするの神さん賛成してくれますか?」

上目使いで信長が見てくる。そんな信長にクラッときながらも神は答えた。

 「いいことじゃないの?バイトするといい経験になるし」
 「ほんとッスか!?よかった〜〜!!」

驚いたようにばっと顔をあげて、神を見つめている。その後、一気に緊張が解けたのか
信長は道端に座り込んでしまった。
太陽の強い光が並木の葉に透けて信長の髪に降りかかる。涼しい風が頬をかすめる。
信長は今日始めて自然を感じた。
この事を聞くために今まで極度の緊張感に襲われていた信長は他の事を考えている
暇は無かったのだ。
そのため、今日の部活は散々だった。何週もグラウンドを走らされた。
神はため息をつく信長の傍により問いかけた。

 「何でそんなに緊張する必要があるの?」

頭を掻きながら気まずそうに信長が答える。
 
 「・・・神さんとかは反対すると思ったから・・・。部活だって忙しいし、もうすぐ
 練習試合だし・・・」

 ―――確かに・・・牧さんは絶対反対するだろうな。信長ばかだからな〜。

自分のことを棚に上げて神はふと思った。

 「今日たくさんミスしまくったし・・・。そんなんだから、バイトするって言ったら怒ると思ったッ   ス・・・。俺・・・神さんには怒られたく無かったから・・・。」

しょんぼりと言う信長がすごく小さく見えた。すごく・・・抱きしめたくなった。 

 「ノブのこと怒る訳ないじゃん。どうしてもって時は別だけど・・・。
 「レストランでバイトって・・・ウエイトレス?」
 「そッス。今人手足りなくてどうしてもって言われて・・・あ!俺だって本当は
 やりたくないッスよ!!何たって部活が一番ッスから。でも、そいつすっげー困ってて。」
 「それで、しかたなく?」

信長がコクンと頷く。表情を見ているとまた、緊張してきているのが分かった。

「ふぅ〜ん・・・」

はっとしたように僕を見たノブは「やっぱダメッスか?」と目で訴えてきた。

―――どうしようかな・・・

 「ダメじゃないってば。」

にこりと笑いながら神が言う。

 「俺、何も言ってないッスよ・・・」
 「目が訴えてたよ。そうだな〜・・・」

信長が真剣な眼差しで神を見つめる。心の中で祈りながら信長は神の言葉を
待った。

 「僕もノブと一緒にバイトしようかな。」

神はきっぱりと言い放った。

 「・・・えっ!??」

信長は訳がわからず呆然としている。
神はその姿を楽しそうに眺めている。
一間置いて信長が詰め寄った。

 「じ・・・神さん?何いってんスか・・・?」

オロオロとしている信長に神は落ち着いて言った。

 「ノブと一緒にいたいし、ノブ一人じゃ心配だし・・・。明日一緒に牧さんに言いに
  いこっか。」

笑いながらぽんっと信長の頭を叩いて神は歩き出した。10歩ほど歩いて信長がついてきてない事に気づいた。
 後ろを振り返ってみると、まだ呆然としている。

 「ノブー?おいてっちゃうよー?」

 神の言葉に正気に戻った信長は急いで走った。

 「置いてかないでくださいよーー!」
 「ノブいつまでもぼーっとしてるんだもん」

 誰のせいだと思いながら、信長は拗ねたように黙り込んだ。
その姿を見て、神はため息を一つついて下を向きながら歩く信長の唇に軽くキスをした。

 「・・・ぅわあっ!!じ・じ・神さん!いきなりなにするんすか!?」

口を手で押さえ、驚きながら信長が叫んだ。その顔は真っ赤に染まっている。

 「え?何だか拗ねたようだったから。機嫌は治った?」
 「拗ねてなんかないッス!!もー、びっくりするじゃないっすか〜」

まだ、口を押さえながら神を睨んだ。

 「いやだった?」

神が意地悪そうに聞いてくる。その言葉に信長は悔しそうに下を向いたまま答えた。

 「いやじゃないッスけど・・・いきなりはびっくりするッス」

クスクスと笑いながら神は信長を抱きしめた。
信長は、またびっくりした。

 「だからっ!こーゆー事がびっくりするんです!!」

信長の訴えを聞かないふりをして神は強く抱きしめた。
何でこーなったんだ?と不思議に思いながらも信長は神の背中に手を伸ばした。
幾分か涼しくなった人気のない並木道で二人はお互いのことを考えながら抱き合った。
しばらくして神が信長の背中から手を離した。それにつられて信長もてを離した。

 「帰ろっか」

すっと神が手をだしてくる。

 「うぃっす」

その手を信長は恥ずかしそうに握り締めた。
神は嬉しそうに歩き出す。

 「牧さん、怒るかな?」
 「怒るでしょうね〜・・・。でも負けませんよ!」

力強く信長が答える。

 「じゃあ、バスケで1対1で勝ったらって言われたら?」

神が面白そうに聞いてくる。
神奈川NO'1ポイントガードに1対1で勝てるはずがない。信長は困ったように考え始めた。

 「う〜・・・。神さんは俺の仲間ッスから一緒に戦ってくれますよね?俺と神さんの最強コンビだ ったら何とかすれば牧さんにも勝てるはずッスよ・・・たぶん」

自信なさげに信長は情けなさそうにこたえた。

 ―――牧さん相手に1対2か〜・・・。しかもノブのペアが僕だから牧さん必死になってくるだろ うな〜。けど・・・負けてやんないよ。

しかしその反面こうも思っていた。

 ―――ノブが泣き落とししたら牧さんも許してくれると思うな〜。・・・けどノブの泣き顔なんても ったいなくて見せられないよ。・・・僕だって見たことないのに。・・・練習がんばらなきゃな・・・。

ゆっくりと歩きながら愛する信長のために固く決意した神宗一朗だった。